日本型雇用がデフレを生んだ


吉川 洋
日本経済新聞出版社
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話題の本、デフレーションを読んでみた。

誤解を畏れずに、一般の人が知りたい部分を、要約するなら、

「日本型雇用がデフレを生んだ」

ということになる。

デフレを引き起こす原因はいくつかあるが、著者は賃金に注目している。
諸外国と日本が最も違う点は、日本だけが1990年から20年にわたって、賃金が低下し続けているということだ。日本は20年かけて、賃金水準がバブル以前に戻ってしまった。
米国ではこの20年間に賃金が1.9倍にまで増えているというのに。
使える金が減るのだから、需要も減るし、物価にデフレ圧力が掛かるのはまちがいない。

では、なぜ賃金が下がるのか?


筆者は、企業収益と賃金の仕組みを経済学的に分析しているが、簡単にいうと、
不況下に陥り、企業の収益が低下したとき、

日本以外は・・・

賃金はカットせず、人員をカットする。
企業収益に関係なく、賃金は一貫して上がっていくが、その時々の景気で、失業率はかなり悪くなることがある。

日本では・・・

雇用(人員)は守り、賃下げ(やボーナスカット)を受け入れた。
企業収益に関係なく、雇用は確保され失業者は増えないが、その時の景気により、賃金は調整される。
賃金調整には、正社員の賃金カット、ボーナスカット、非正規社員の活用などがある。

これにより、不況下に、日本では雇用を守るかわりに、一貫して給与が下がっていったというのである。たしかにそのとおりかもしれない。それがデフレの圧力になった。

日本は長期雇用のリスク調整弁として、儲かればボーナス、儲からないときは賃金カットを受け入れ、雇用を守る代わりに、賃金に関しては柔軟性を保ってきた。

諸外国では、人員カットでこの調整がおこなわれるため一時的に失業者が増えるが、調整で経済が復活して、失業者は新しい産業に雇用される。
日本の場合、雇用は維持されるので、人は会社にロックインされたまま、産業構造の変革がすすまない。

本質的には経済成長にはイノベーションが必要だが、雇用維持優先のため、不況下ではイノベーションではなく、業務効率化によるコストダウンが優先されるようになり、技術力や発想も低下していった。

みんなが平等に我慢した結果、みんなが平等に本当に貧乏になった。
これが、日本のデフレの正体である。

日本型雇用は、高度経済成長を生み出したが、その後20年にわたるデフレも生み出した。

目からウロコの考察だが、これが真実かもしれない。

となると、アベノミクスはどうなるのか?
本書の指摘が正しいと仮定すると、

大胆な金融緩和については、ゼロ金利下での金融緩和は何もおこらない可能性が強いだろう。

一方で、財政出動は、財政赤字を増やし、円安と貿易赤字とあいまって、日本の財政の持続可能性を損なう。

もちろん財政出動は一定の効果があるかも知れないが、あくまでつなぎだ。
株価もあがり、円安で一定の企業収益が復活している今こそ、
財政出動の効果が切れる前に何をやらねばいけないかというと、

賃上げだ。

ということは賃上げを要請した安倍さんは正しいのか?

正しいが、もうひとつ欠けている。

賃上げした原資と等しい分だけ、人員をカットしてよいというものとセットにすべきということになる。
思い切って解雇規制に緩和し、賃上げと人員カットを同時に推し進めていくべきだ。
結局は、日本が変えられなくても最後まで変えられない雇用のところが、本丸だったということになりそうである。


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どこに所属しているかではなく、何ができるかが問われる時代

昨日書いた、
というエントリが凄いアクセス数だ。なお、この記事も凄いアクセスだったのだが、それを超えて、BLOGSでは全体1位になった。

おおむね賛同者が多いのだが、「インドネシアに行くと良い」という部分に関しては、
一部から根強い反対があった。



日本で他の仕事さがしたほうがいい
インドネシアにいける人なら、日本で仕事も見つかるから無意味
インドネシアに行った人のその後は?インドネシアにいったら成功できるの?
インドネシアは日本ほど実は快適ではない

もーーーーーーーーーーーーーーーー。

そういうことじゃないんだって。

君たちの脳は、所属主義になっている。

何処の会社に所属しくているかが大事。
これが大事。
三菱商事、住友銀行、財務省。。。しまいには、アップルですらブランドになっている

その延長での、インドネシアに所属というイメージだ。

「インドネシアにいたら成功するのか?」

そういう話しが出てくる時点でオワコンである。
インドネシアにいたって、成功するかどうかはわからんだろう。

ただ、インドネシアには、日本より市場が伸びているし、職もたくさんあるので、
経験を積んだり、ビジネスがやりやすいというのはある、ということ。
だから、日本でチャンスがないなら、インドネシアで試してみろって話だ。

日本人の所属でものを考える思考法は、大脳どころか脳幹の奥の反射的な古い脳のぶぶんまでに染み込んでいるようだ。

かれらの脳では、インドネシアという場所と何かが直接つながっているらしい。
私の脳ではインドネシアという土地で市場の特徴が有り、それを使ったらなにができるか、という思考をしている。

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豊永 貴士
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(参考)世の中にはこんな本も・・・


何度も繰り返すが、

どこに所属しているかではなく、何ができるかが問われる時代

だ。

その為の、経験、スキルを、どこにいたら積むことができるか

という順番で考える脳に切り替えろ。

就職自殺してしまう学生にしろ、所属で考える脳が抜ききれてないから、自殺においこまれてしまう。所属主義から開放されれば、もっと広い視点をもって、柔軟に生きていくことができるだろう。

以前書いたこのエントリ、「サラリーマンもノマド化する時代がきます。」でも趣旨を誤読されるかたが多かったが、つまり私が言いたいことは、そういうことだ。


ちなみに今の若い世代(88世代)とよく話すことがあるが、彼らは上の世代が考えるよりはるかに所属脳がうすい。

インドネシアでもベトナムでも、東京から大阪に引っ越すくらいの感覚で移動してしまう。所属脳が抜けきれなくて、そういう若者の現象を理解できなかったり曲解してしまうのは、オッサン世代の困った話なのである。
若者にインドネシアの話をすると、割合受け入れられる。拒絶反応を示すのはオッサン世代だけだ。

たぶん日本の若者はうまく変化してやっていくことができる。
変わらないといけないのはオッサン世代である。



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英語も喋れないノースキルの文系の学部生はどうすればいいのか?

“英語も喋れないノースキルの文系の学部生が、卒業後に仕事があること自体、世界的にみてありえないこと”




という一節がなかなか反響を読んでいるようだ。

実際にそうで、彼の地では、そういう人には仕事がないので、卒業後になんとかバイトやインターンでなにかしらの経験を積んだり、大学院に入りなおして、ロースクールなどに通うということになっている。

しかし、そういう文系大学生に日本で就職口があったのは、どうしてだろうか?
英語も喋れないノースキルの文系の学部生を、なぜとるのだろうか?

答えは、「社畜出来ます。御社に染まります。すべてを捧げます」と言い切れたからだ。

企業はそういう人が欲しかった。だから人気があったのだ。

なので、文系学生は、社畜になることを最大に武器にして就職戦線を戦っていたのだ。

なのに最近は、社畜は嫌い、ライフワークバランス重視みたいなことを言い出す人も増えた。
自らの最大のウリを否定して、それで活動を行うものだから、就職できないのは当たり前だ。

もちろん、いまは企業も、社畜だけできます、っていうひとは欲しくない。

じゃ、社畜にならずに、仕事を得るためにはどうすればいいか。



当たり前だけれども、プロフェッショナリティが必要だ。
エンジニア、プログラマー、看護師、薬剤師、なんでもいいけど。

英語も喋れないノースキルの文系の学部生(主に2nd tierの大学の経済学部とかコミュニケーション学部とかを想定)は、どうしたらいいのだろうか。

昭和脳のひとは、「気合がたりない」というのだが、
いくら気合をいれても、大企業がほしい人材には短期間で成長しないだろう。

社会党脳のひとは「仕事が無いのは社会のせい。雇用を増やせ」なにがなんでも正社員にこだわる。「正社員で雇え!!」みたいに恐喝しても、そんなひとは大企業が欲しい人材ではないだろう。

要するにシンプルに言うと、実力主義がどんどんやってくるわけで、
新卒時点でもある程度の能力なり武器が必要になってくる時代が確実にやってくる。
ノースキル文系学生の場合、大学時代に何もスキル蓄積がない時点でアウト。かといって、かつてのように「気合」だけで採用してくれた時代は終わったので、「気合芸」も通用しない。昭和脳のひとのアドバイスにしたがって、いきり立って気合を見せても、内定をもらえるのは、気合だけで突き進むブラック企業だけだろう。

たんに大学をでました、というだけではどうにもならない。
それに早く気づかせてあげることが大事だ。

大学を卒業してはじめて、その現実をして、呆然としてしまうのはいかがなものか。
真実は早めに知らせておけば、大学4年間のうちにもっと準備ができるではないか。

それから、インドネシアにいけというのは冗談ではない。
インドネシアでは日系企業の求人がたくさんあり、若い人でもマナーなどがしっかりしていれば、営業職などに就職できる

もちろん、現地採用なので給与は日本に比べると安いが、生活費もその分やすいので、東京の一人暮らしでは考えられないほどリッチな生活もできるし、貯金もすることができる。

もちろん、こんなことをやって、日本人を海外にたくさん張り付かせているのは、日本企業だけだ。
他の多国籍企業は、もっと現地人を採用し、ローカルオペレーションを強化している。
日本企業もそういう企業もあるが、まだまだ日本企業はガラパゴスで、特殊、日本式を押し通そうとしている。
それはおかしなことではあるのだが、それが、文系ノースキル学生にとっては、信じられないようなチャンスになっている。

ただ、いずれ日本企業もバカなことはやめて、ほとんどの人員をローカルのオペレーションに切り替えるだろう。だからインドネシアに就職しても40年大丈夫かというとそうではない。いずれ、ただ日本語がわかりコミュニケーションができるだけの営業マンは、要らなくなるだろう。まちがいない。

ただ、日本企業の歩みはのろいので、いますぐ現地人に全面的に任せるわけではない。5-10年は掛かると思う。(財政破綻があれば、一気に変わるが)。

インドネシアに行けば、その5-10年というモラトリアムが与えられるというふうにとらえてほしい。
インドネシアにいけば全部解決みたいな脳味噌だと、インドネシアで使い捨てられるだけだろう。
日本企業のノロさのおかげで生じるモラトリアム期間に、その後の実力主義の環境で生き残れるような能力を身につけるようになんとか頑張れ、ということなのだ。

なお、建設労働とか、コールセンターの受付とかの仕事は想定していない。ドバイの世界一高いビルを24時間でつくっているのは、インド地域からの出稼ぎの労働者たちだ。
日本の肉体労働者が、仕事をもとめて、ドバイで建設労働にあたる日の話は、エントリをあらためて書くことにする。なお、そのタイプの仕事には今のところ、政府を脅してバラマキ予算をもらう以外の解決策は見出されていない。

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就活うつ自殺:「甘ったれるな」も「全員が正社員になれる社会を」も両方違う。

就活自殺が問題になっていると聞く。

どうも、次々に採用試験で落ちまくった結果、自分が否定さた結果になって、鬱になったり、自殺に追い込まれてしまうのだという。

このようなことが起こる背景は、社会と本人の思い込みというものがあるのだろう。
大学を卒業して、安定した良い企業に入ること、これが唯一のキャリアになってしまっていると、
それから外れた自分が情けなくてもう人生終了ということになってしまうのだろう。

就活自殺の原因は、まずに、
大企業の正社員だけが唯一の正しい生き方で、残りの生き方はそれができない奴の落ちこぼれ
みたいな価値観を如何になくすか、ということだろう。

非正規雇用の叩かれかたも尋常じゃない。非正規だったら人間ではないみたいな感じで、社会全体が非正規をなくせ、正社員にしろで叫んでいる。これでは、非正規になったら、人生終わりが宣告されたと同じみたいな感覚に陥ってしまうのも仕方がない。

一方で、学生側の期待値も高すぎるということもある。
もはや、日本には仕事が無い。

日本の大学生は、学校を卒業したら、就職するものだと教えこまれている。働くもんだと教えこまれている。実際は、日本の学生にかつてのような仕事の量はないというのに、大学を卒業したらみなが正社員の仕事にありつける(ありつけなくてはいけない)という期待感がある。

学生には、せっかく大学を出たのだから、仕事につけて当たり前という期待感と願望がある。
だからそういう高いプライドが、現実に打ち砕かれたときに失望も大きいのだろう。

英語も喋れないふつうの大学生がなんのスペシャリティもない文系の大学を卒業しただけで、職があると思うほうが、他の国の感覚からしたら驚きである。

彼らの国では、そういう大学生はまちがいなく100%就職できないので、「当たり前の話」で一蹴されるだけだろう。
そういう意味では学生側も、自分の実力を知らずに、落ちるべくして落ちることを繰り返しているのかもしれない。


就活自殺には立場のちがう2つの言い分があるように思える。

「甘ったれるな!就活ごときで、何をいっている、社会にでたらもっと辛いことに向き合う必要がある」

といった、高度成長脳による”努力がたりない若者”という視点での見かた。

一方で、

「普通の学生が、普通に正社員の仕事につけるべき。会社は若者の雇用を支える義務がある。差別なく、普通の若者を正社員で雇用せよ。」

といった社会党脳による “企業は雇用を守れ” みたいな思考。

これは、両方ともおかしいと思う。願望でしかない。

産業構造の変化は、個人の努力でなんとかなる域を超えているし、だれもを正社員にせよシュピリッヒコールを上げても叫んでも何もかわらない。

仕事が無いということではぶっちぎりの先進国のヨーロッパでは、若者が就職できないということのほうが当たり前で、就職できるほうが珍しい。スペインでは若者の失業率は40%だ。

ベトナムやカンボジアなどのバックパッカー宿に止まると、客のほとんどがヨーロッパからの若者だ。彼らに、仕事は何をしているのかと聞くと、殆どの人が失業中と答える(苦笑)。

大学を卒業したが仕事がないので、「しばらくアジアで遊んで、景気がよくなったら国にもどって仕事を探すよ」みたいなかんじで1年くらい旅をしているひとも多い。
日本からしたら、なんだそれとう世界である。

彼らは、学校を卒業してどうせ仕事なんて無いというのが常識になっているため、
仕事がなくても、追いつめられることはない。悠々自適に旅行して楽しんでいる。

そういう意味で、

大学を卒業したら就職できるという幻想をふりまく社会党脳と、すべては努力がたりないという高度成長脳、両方の考え方に板挟みにされて、鬱と、自殺を生み出している。

必要なのは、もっとリアルに現実をみることと、気楽に考えることだ。

解決方法としては、

①雇用を増やす
②期待値を下げる

というのがあるだろう。
雇用を増やすのはそうそうにできそうもない。雇用の流動化が進めば若者に仕事ができるということを書く人もいるが、流動化が進むと、新卒採用がなくなり、経験者を優先して採用することになるので、さらにノースキルの若者の失業は悪化する

なので、②の期待値を下げるとうのが大事になっていくだろう。

大学のキャリア教育は、どうやって良い企業に入社するのか、ではなく、
どうやって食っていけばいいのか、ということにシフトせざる得ない。

だから、学生のうちに、

③自分で仕事を始める

という選択肢も考慮にいれておくキャリア教育も必要だ。

会社に就職できない場合がほとんどだとわかっていれば、なんとか自分で食えるように、
スペシャリティのあるスキルを大学生のときから磨こうという切迫感がうまれるだろう。

もう一つは、視点を広げて、

④雇用があるところ(別の国)に行く

ということだ。
現在、アジアでの日本人の雇用ニーズは凄い。

例えばインドネシアなんかは日本人バブルである。現在では、ジャカルタにいけば日本人であるということだけで、ほぼ就職は問題ない。

なので、1-2年、非正規でもバイトでもなんでもいいので、最低限のスキル(営業職などがマナーや作法をみにつけられてよい)をみにつけて、あとはインドネシアに行け。
そうしたら間違いなく仕事は見つかる。

⇒続編をかきました。

英語も喋れないノースキルの文系の学部生はどうすればいいのか?

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プロになるにはまだ早い、職を変えるにはギリギリ。3年目で辞める前に確認しておくべきこと

そろそろ年も暮れ、来年の四月で入社まる3年を完了するひともおおいですよね。
そんなかたより、先日相談をうけたので、ちょっとその話を。




相談の悩みの内容はだいたいこんなかんじ。
このかたは、新卒で、超有名な、小売業の企業に本社採用で入社。ただ、修行ということで2年めからは地方勤務となり、3年間はそこで現場を見るみたいなことになりました。
3年経つと一応本社にもどれるらしい(確約ではない)そうですが。



よくよくきたところ、かなり悶々としていました。

・尊敬できる人がいない
・10年上の人が自分と同じ仕事をしていて、今後も10年経っても自分ももしかしたらこれだとおもうとゾッとする
・あまりに緩い、遅い、意思決定できない、こんな仕事の仕方でいいのか大企業

ということをいっていました。まさに、3年めの社員のほうが意識が高いのです。
20年め選手などは、もう絶対クビにならないよー、みたいなかんじで、ぬくぬくと仕事をしているそうです。

これでは意識がたかければ高いほどやる気を失うのが当たり前です。
3年でひとがやめちゃうのは、若い人のほうが意識が高いからなんですね。

そこで、転職したい、と。
なるほど、これが城繁幸さんのいう話か、まさにそのまんまじゃないか、と思ったのですが、どうアドバイスしていいのかは、なかなかやなみます。

私もいろいろ世の中の実情はくわしいので、本当のことをいうようにしました。

「転職したいっていうけど、その前提は、転職したらその環境が改善するという前提だよね」

「え、いわれてみるとそうですね」

「その前提が多分違う。日本企業はだいたいそんな感じ。転職しても同じ悩みを繰り返す。あなたのいる会社は話をきいても、かなりましな会社だとおもう。」

「たしかに・・・」

転職=改善

というイメージがありますけれども、上記のような日本企業ではどこでもあるような話は、ほんとうにどこでもあるので、どこに転職しても、状況はさして変わらないと思うのです。転職しても同じだったとか、転職したら更にアホな上司と仕事をするハメに・・みたいな話もあります。
外資に転職とか、外国で仕事するとか、そういう変化が必要かもしれません。ただその場合は、別のカルチャーを受け入れられるかという問題もあって、外資系はあいませんでした・・ということも。

次に、3年目で転職すべきか、と聞かれました。キャリア的に、3年目での転職は、どのように評価されるのか?これも100回くらいきかれた質問ですので、答えをいっておきます。

その転職って、どういう転職ですか?ってことです。
前提の違いによって、2つの真っ向からちがう意見があるのです。

同業界で賃金をあげ、よりよいポジションを目指すなら、3年で辞めないほうがいいです。絶対いいです。つまりプロ野球選手的なFAでメジャーリーグに移籍して年俸をあげようと思うなら、いまの職場でかなり実績をつけないとダメです。
なにかの実績をつくって専門性があると思われるには最低6,7年、10年くらいはその分野での力を磨くべきです。石の上にも3年とはいいますが、プロになるにはもっとかかります。
3年でやめても物にならないよ、という先輩方の助言は、これを前提にしています。

相談者は、小売業で、新規の店舗や出展・進出戦略を練るような職種なのですが、非常によい経験をつめているので、そのまま10年くらいやれば、例えば、今後はアジア全域での出店や巨大モールを作ったりそういうこともできるようになるし、競合からも引く手あまたの専門家になれるでしょう、と申しました。

しかし、答えは
「店舗の出店のプロになりたいわけではない」と。

やっぱり、新卒で、たまたまその部署に配属されただけなので、あまり仕事には興味はもててないようです。このあたりが総合職採用の限界ではあります。

もう一つ、もし、その仕事が嫌だったりして、新しい道をみつけたいなら、
もう遅い、一刻もはやく転職活動しろと。
結論は間逆です。

入社3年、仮に大学院でもでていて浪人もしていれば、28とかになっている人もいます。
30歳で、まったく違う分野にキャリアチェンジするのは、正直難しい。
できることはできるけども、かなり無理をしたり、年収をさげたり、下手をするとブラック企業にハマったりします。

チェンジするなら、3年めは猶予がない。と言う話になります。

3年目での転職とは

プロになるには・・・早すぎる
職を変えるには・・・もうギリギリ

です。
これを確認して、自分はどちらなのかを考えましょう。
結局相談者は職をかえたいそうだったので、来年のうちに転職活動をするようにアドバイスしました。

3年めで、辞める辞めないは、そういう、何をしたいのか、というキャリアゴールの前提を考えておかないと、にわかにはアドバイスできません。

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好きなことを仕事にするよりも、得意なことを仕事にしなさい


今年も就職活動シーズンが始まった。
毎年、学生向けの一つだけ就活アドバイスをするとしたら何を言うかと考えるのだが、
一つだけというならば、これを言うことにしている。

「好きなことを仕事にするよりも、得意なことを仕事にしなさい」
と。
これは、通説には矛盾しているとおもう。
多くの人は、好きで好きでたまらないことを仕事にしなさいといっている。
スティーブ・ジョブスも「たまらなく好きなものを見つけなければならない」と言っていた。
それは正しい。

しかし、それはジョブスのような、自分が何がやりたいかを本当に知っていて、それを実現していく馬力のあるごく一部のひとにかぎられると思う。

他の多くの、平凡で、普通のひとは、好きな事を仕事にしないほうがいい。


というのも、凡人にとっては、自分がなにが好きなのかを、自分自身で見つけ出すことは、じつは不可能であるからだ。多くのひとは、従業員として、自分で仕事をつくりだすのではなく、ごく少数のジョブスみたいなひとが考えた仕事に従事することになる。
就職活動でやるような自己分析も無意味だ。自己分析では、自分がやりたい事を探そうとする。
いろいろ分析した結果、
「わたしは、人の笑顔をみるのが好きなんだ。だからサービス業に付こう。人の笑顔がみたいから、ワタミに就職」
⇒ブラック
とかになっちゃう。ユニクロでも同様。


究極の「やりたことを探す」を見つけろという。
これは危険な発想だ。
人の興味というのは、時代によって変わってしまう。
人の興味の移り変わりにくらべて、仕事のスパンははるかに長い。
流行り廃りは2,3年なのに、仕事は20年も30年も続く。
学生時代に流行っていた仕事が、いまやかっこ悪いとしか思えないことだってある。
それに、人の興味というのは、自分の成長によってかなり変わる。
ライフステージや、収入や、結婚や家族などによっても、そうとう変わってくる。
学生時代に憧れた仕事、独身時代に興味があった仕事、結婚してから興味がある仕事、すべてがまるで違うひともいるはずだ。

興味とは移りゆくもの。


ジョブスだって、コンピュータに、アニメ、iPhoneいろんなものに目が移った。
もちろんジョブスは天才だったから、自分の興味がかわれば、会社も作りなおして、そのつど成功させていったわけだが。凡人にこれができるとはおもえない。
普通のひとは、自分の立場はなかなか変えることができない。興味がなくなってしまった仕事を何十年もずっとこなさないといけないこともある。
就職活動で、やりたい仕事につきなさいというアドバイスは害が大きいと思う。
3年後に、やりたいことと違ったといって、やる気を無くしてしまう学生がふえることになる。
一方で、「自分が向いていること」はそれほど変わらないものだ。
性格や行動様式というのは、20歳を超えても大きくかわらない。
実際一番、変えたくても変えられないのが性格や、行動様式、考え方の癖だ。
10代のころと興味は変わるのが普通だけれども、得意なことや不得意なことはさほどかわらないはずだ。
「向き不向き」や「何が得意で何が苦手か」は、将来にわたってそれほどぶれることがない。
もちろん、不得手なことも、努力してを多少克服することはあるかもしれないが、それがが抜群に得意になることはないだろうし、得意だったことが突然、180度かわったりすることもないだろう。
得意な仕事がわからないって?そんなに厳密に難しく考える必要はない。
心に手をおいて、これは僕がやっていて苦しいか、そうでないかを問えば、自ずと答えはあきらかだろう。
だから、「やりたい事」よりも「自分が得意なこと、向いていること」を知るというほうが、よっぽど人生の役に立つ。
得意なことを仕事にしたほうが、自分が相対的に活躍できることになる。
結果として、より出世し、より多くのサラリーを得て、より多くのことができるようになり、その仕事を通して多くの幸せを得られる。

最後に、起業の天才、シリコングラフィックスとネットスケープという2つの伝説の会社を創業した、ジム・クラークの言葉で締めくくろう。
「私に対する最高の評価のひとつは、『ジムは自分の得意でないことを知るのが上手だ』というキップ・ヒックマンの言葉である。もしそれが本当なら、自分の特質の中でこれほど我が身のためになるものはない」(ジム・クラーク)
著者:ジム クラーク
販売元:日経BP社
発売日:2000-02
おすすめ度:4.0

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目標が高いひとと、意識が高い(笑)人の違い

昨日書いたエントリ「意識の高い人はなぜ批判されるのか」が結構PVを集めている。

このエントリは軽い冗談で皮肉の揶揄なのだが、けっこう真面目にとらえて反論してくるひともいた。

・実行がともなってなくても、意識が高いのは、意識が低いひとより全然いい。高い意識を持つことを大人が否定するのはとんでもないことだ。若者の特権を否定するな。

私のエントリを意識が高く(笑)読みちがえるとこういう反論がかってくるのだが・・
いちおうコメントしておこう。

意識が高い、目標が高いのは良い。

野球を始めたばかりのひとが、

「いつかはプロ選手になりたい」

と考えたり、

「日本のプロ野球ではなく、最終的には、メジャーリーグにで活躍したい」

と考えるのは、目標がたかくてよろしい。

起業するひとが、

「起業するなら株式公開したい」「社会に貢献する企業をつくりたい」

と考えるのもよい。

あらゆる偉業は、ひとりの個人の、ありえない高い目標や、とんでもない思い込みから実現されるものだ。だれもが、無理だ、無茶だ、止めないと、ということを、目標にあげて、実際に達成してしまうひとがいる。人類の進歩は、そういう人によってもたらされてきた。



「祖国を統一する」
「差別のない国を作る」
「国民皆保険を実現させる」
「南極点に人類で初めて到着する」
「エベレストを無酸素単独でのぼる」

だから、一瞬、夢想ともいうべき、高い目標を掲げるのは、大事なことだ。

本当に意識の高い人は、とても高い理想を掲げているものだ。

ただ、わたしが揶揄している「意識の高い(笑)」「意識だけが高い」ひとは、その目標を達成することは、けっこうどうでもよかったりする。
「社会を変える会社を作る」といっていることが大事なのであって、実際に作ることには興味があまりない。彼らの目的は、実際に社会を変えることではなく、社会を変える会社を作るという意識をもった人と意識を共有することである。

こういう相談を受けたことがある。

意識が高い(笑い人) 「起業したいんです。アドバイスをください」

私「そうですか、じゃ、なにをやりたいの?」

「とくにやりたいことは決まってないのですが、1年後に起業することはきまっています。そのために、いろいろな人とお会いして意識を高めています」

「で、いろんな人とあって、なにか役立った?」

「いろいろな刺激を受けました。大石さんからも、刺激を受けたいです。もっと人を紹介してくれませんか?」

「人は紹介するけど、なんか目的が無いと。こういう商品があるから、買いそうなひとを紹介してくれとかならいくらでも協力するけど。なんかないの?」

「すいません、まだ、なにもありません。でも起業したいという意識だけは有ります。いまは起業したひとのお話を聞いて、意識を高めている段階です

「それじゃ、だめじゃん。起業って、なにか追われてやるもんじゃなくて、自分がこれをどうしても実現したいっていう抑えきれない気持ちを、抑えきれずに、思わず無謀にも実行しちゃうことだよ。そういうのが無いうちは、起業してもうまくいかないから、雇われて勉強してたほうがいいよ」

「そうですか・・・、でも、その言い方はちょっと残念です。なにかやりたいことが最初なかったひとでも成功したひとはいると思います。そういうひとから、アドバイスをもらおうと思います。本日はありりがとうございました

「あ、そう。じゃあまたね」

太字の部分がポイント(笑)である。

なお、健全に本当に意識の高いひとは、

「こういう事業をかんがえているんです。どうしてもやりたいのですが、○○が難しいとおもっているんです」

「確かに、そりゃ随分野心的だな。無茶だよ。本気なの?」

「本気です。無茶とはわかってますが、それでも一度挑戦してみたいんです。○○のところを、解決できそうなアイデアがさっぱり思い浮かばないんですが、なんとかヘルプしてください」

「なるほど、僕はその部分詳しくないからわからないけど、君に協力できることは協力したい。しりあいに○○の専門家がいるから、ぜひ紹介させてくれ」

「ありがとうございます」

「がんばれ、期待しているよ。それから、それをやるなら、まずは最低△△だけは身に付けろ、それがないとタダの無茶だ」

「なるほど、そのとおりです、勉強になります」

前者の、「意識が高い(笑)ひと」と、後者の「本当に意識が高いひと」の違いがわかっただろうか。まだ分からずに、「若者の夢をや特権を邪魔するな」という方は、よっぽど意識が高い(笑)なのだろう。

高い目標を掲げるなら、それにむけて実行しよう。実行できないなら、せめてどうしたら実行に近づけるか仮説くらいは作って、ディスカッションしたらよい。そのとき、障害があれば、力を貸してくれるひとは沢山出てくるだろう。

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なぜ「意識が高い学生」が批判されるのか

「意識高い系」という病~ソーシャル時代にはびこるバカヤロー

「意識が高い系」という病気(常見陽平)

常見陽平さんの新刊が、「意識が高い人」を題材にしていると聞いて、ぶっとんだ。
常見さんからは、意識が高い人をテーマにして執筆予定なんですよと聞かされていたが、まさかこんなに挑発的な本をほんとに出されるとは、さすが常見さん。ほんとに面白い。
早速予約をいれた。

常見さんによれば、

「意識が高い学生w」とは、学生生活、特に就活に前のめりで取り組んでいるのですが、何かズレていて滑稽な学生のことを指します。」(http://news.nicovideo.jp/watch/nw270962)

とのこと。

ところで、私も、いわゆる「意識が高い」ひとについては、トホホという感じでみている。
意識が高いのはいいのだが、意識が高すぎるのだ。

高すぎる、というのが特徴である。もしくは、意識だけが高い、というか。



このままではいけない、日本はダメだ、もっとスキルを高めないといけない、海外で働きたい、起業したい、お金儲けもいいけど社会に貢献したい。とても意識がたかく、目標が高いのはいい。
ただ、かれらは目標だけが高すぎることが玉に瑕だ。

その目標に、ストレートに合致しないものは、不純なものとしてバッサリ切り捨ててしまう。合致しないことをしているひとを、軽蔑したり、見下したりすることもある。


やりたいことが

・ダイレクトに
・純粋な形で
・今すぐ

できてないと、「くだらない」と切り捨ててしまうのが特徴だ。
これが、意識が高すぎる人が、世の中から嫌われたり、揶揄されたりする理由だろう。

冗談のような例えだが、スポーツの例えでやってみよう、
意識の高すぎるひとは、

「目標はメジャーリーグ」

と発言してはばからないのと一緒だ。だたこれだけなら、すばらしい目標だ。

しかし、そこで、まず日本のプロ批判をしてしまう。

「日本のプロ野球なんてだめだ、メジャーリーグ最高」

ここで、まず反感を買う。

そして、極めつけに反感を買うのは、メジャーリーグに入るための実践をしていないことだ。

「メジャーリーグにしか興味がありません」

とか平気でいってしまう。つまり、日本のプロ野球で実績をつんで、メジャーに入るとかは問題外。
さらに、メジャーリーグでも、3Aや2Aなどのマイナーリーグがあって、そこで成果を出さなければメジャー入りなどもっての外なのだが、

「マイナーリーグに興味はありません。メジャーリーグにしか興味はありません」

と断言する。
なんて意識がたかいのだろうか。

「大学野球でプレイするなんて時間の無駄。メジャーリーグでのプレイこそが大事」

意識が高すぎる。

この構図を頭にいれて、以下の文章を読んでほしい。

「お金儲けに興味はありません。社会に貢献しなくては意味がありません」
「尊敬できるひととしか、お話したくありません」
「起業にしか興味がありません」
「世の中を良くしない会社は糞」
「カンボジアの未来に貢献したい」

とか言い放つ。
日ハムへ入団する男のほうが成功への近道だよ
とか、
カンボジアでボランティアもいいけど、もはや韓国人やインドネシアの華僑はカンボジアの値上がりしそうな土地を買いあさっているよ

とか、ささやかなアドバイスをすると、

「どうして、若者の未来を否定するのですか」
「やってみなくちゃわからないじゃないですか?」

というので、ぜひやってみて成功してほしい。

僕も意識が高いので、、「成功した意識の高い人」だけとしか話したくない。

なお、健全に意識を高めたい人は、私がファシリテートする会員制コミュニティでお待ちしております。

(注記)
文中は大谷選手のことそのものではない。彼は学生時代に実績No1だし、マイナー修行も自覚している。彼の場合は意識が高いというより、賭けにでた(がやっぱり辞めた)という。意識が高いとは違う。

(参考リンク)
意識が高い学生でいいじゃないか http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/10449

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転職はスキルアップではなくオポチュニティ探しと肝に銘じろ

昨日、ふとツイートしたこれが、あっというまに400 Fav/ 400 RT 近くになり、びっくりしている。それほどキャリアや転職にはみな関心が高いのだろう。
なんど強調しても強調しすぎることはないが、転職はキャリアアップやスキルアップではなく、オポチュニティのミスマッチ解消だ。

わかりやすいのはプロスポーツだろう。長年控えの選手だったが、先発の選手が突如怪我をしたりして、リリーフの機会が訪れる。その時によい活躍を見せることができればチャンスはやってくる。先発の選手が復帰してしまうことがあるが、その場合トレードで他チームでの先発のポジションが回ってくることがある。

転職も同様だ。
上がつっかえていて、せっかく実力があるのに、活躍できる場所がない。
こういうケースは、転職で解決出来る場合がある。ベンチャー企業や、知名度の低い会社に移籍することと引換に、ポジションをあげてもらう。
これは、一瞬、肩書きが上がることがあるので、キャリアアップに見えるが、実際はオポチュニティのマッチングであり、ポジションの調整である。
転職したからスキルがあがるわけでも、キャリアが上がるわけでもなく、実力を発揮し、実績をつくる機会が与えられるだけだ。その実力に相当するものは、前職で磨いておかねば、いざ先発のチャンスがやってきても、実績をつくることはできない。

もう一つは、向いてないポジションを調整するものだ。
プロスポーツでいえば、チームの戦術が自分の強みに合わず、うまく実力を発揮できないケースだ。守備の選手を追い抜いて長いパスを取るよりも、ルートを正確に走ってパスを正確にとるほうがうまい選手は、ロングパスを多用するチームでは力を発揮できない。そういう選手はチームの戦術が変わらない限りミスマッチが置き続けるから、他チームに移籍することでそれを解消する。
仕事においても、あつかっている商材や売り方をふくめ、会社の方針が合わず、実力を発揮できない場合がある。そういう場合は転職で、より実力を発揮できるところに移籍する。

いずれにしても、実力ありき、である。
転職すると実力があがったりするわけではない。
転職=キャリアアップというのが幻想だ。
転職とは、ポジションの調整、ポジションのミスマッチの解消手段に過ぎない。
これを勘違いして転職すると、転職先でもまた同じことになる。

一方で、実力のあるひとにとっては、見事に現在のポジションの悩みを解決できるような転職オファーが舞い込むことがある。そういうときに、思い切って転職できるかどうかもひとつの能力だ。よりブランド力のある会社へ転職することばかり考えているひともいる。会社名・ブランド名などにこだわるばかりに、ポジション調整という本質を見失うひとがいる。

私の知っている例では、某時価総額数千億円になった会社の財務系のポジションだ。上場前に良いポジションがあって、私が声をかけたが、大手の企業にいた人は全部ことわってきた。知名度がないうえに、ゲーム会社だから。ちなみにあとから聞いたら、このポジションに転職したのは、某外資系金融のもっとも優秀な人だったらしい。
もっとも優秀なひとは、こういうときに思い切って転職する。
優秀でない大企業にいるだけのひとは、こういうとき自社ブランドを棄てられない。
前者の人は、今資産が何十億円あるのかしらないが、無人島くらいはポケットマネーで購入できるくらいになっている。


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88世代を特徴づける3つのキーワード

88世代・・
という言葉をベトナムの河村氏から初めて聞いた。
76世代の次は、88世代か、とピンときた。
僕なりに、88世代の人と最近多く接してきて、この世代の特徴が大体見えていたところであった。たしかに88世代は、上の世代とかなり違う行動形式をとるようにおもう。

いくつか代表的なポイントとあげよう



①主体性があり、行動的であり、人脈を駆使する
ゆとり世代、草食、主体性がない、コミュニケーション能力が低いというのが若い世代のレッテルだ。
しかし、取材してみて、これはまったくの反対だと感じた。
彼らは実は行動的だ。
たとえばベトナムに就職したSさんとかも、 ベトナムなんていちども行ったこともないのに、 ベトナム が面白いらしいという話をききつけ、自分で視察にいく。その結果、2度目のベトナム訪問が、引越し&就職だった、というほどのフットワークの軽さだ。
これはみなに共通している。本当にフットワークが軽く、人脈づくりも得意だ。
人の紹介をつないで、人の家に泊めてもらって世界を旅行してまわったり、有名な人物にも体当たりでアポをとって突っ込んでいく。彼らの人脈術は上の世代では想像できないくらいのネットワークを持っている。

②国境がない
彼らは、面白いこと、自分が輝くことがあれば、国境は関係ない。
日本にほとんどこだわりがない。
東京に出て行くように、ベトナムやらカンボジアやらにも出て行ってしまう。
就職でも、面白いとおもったら、日本にこだわらない。
海外就職というのが現在ブームだが、かれらは日本だけではなく、インドネシアでもシンガポールでもどこでも、場所へのこだわりというものはほとんど感じられない。
同様に日本国内も同じくフラットにみている。地方の小さな村であっても、そこにやりたいことがあれば、その村に住む。彼らにとって、日本も、他国も、東京も地方も、ウェイトは一緒で、フラットなのだ。

③動機が純粋でナイーブ、お金ではなく、おもしろいと思えるかどうか
面白いとおもったら、安い賃金でも関係ない。楽しいことができれば、いい。
私が取材したひとも、アジア途上国にいるひとは、月に10万円ほどの賃金があれば十分OKで、なかには月給3万円というオファーでも面白そうだからと受けて途上国にいってしまったひともいる。
彼らにとっての判断基準はお金ではなく、じぶんが面白いと思えるかどうかだ。
反面とてもナイーブだ。動機が純粋すぎるのではとおもうくらい純粋で、ひたむきにその動機を追求する。その動機が海外でしか実現できなければ、翌週には海外に引っ越してしまうくらいのフットワークの軽さがある。
しかし、横からみていて、それは純粋すぎて実現しないんじゃないかとか、それはいいけどその後どうするんだ先のこと考えてないぞ、とか、非常に危なっかしく見えてしまうこともある。しかし、打算より、純粋な動機のほうを重視するのがこの世代だ。

この背景には満たされている世代だということがある。ゆとりといわれ、彼らは何の苦労も不満もなく育ってきた。お金も苦労したことがない。それに、生まれたときから不景気だから、別に家も車も高級品もいらないし、せいぜい自分たちが普通にくらせるだけのお金があれば満足だ。

また、なによりインターネットネイティブ世代だから、コミュニケーションが生まれたときから満たされてしまっている。

だから、彼らの思いは、ひとっとびに、自分がやりたいこと、自分が興味があることにナイーブに反応してそちらに目が行く。

88世代は、命令を聞かないというのもあたりまえだ。
かれらは自分が興味がないことを会社の仕事だからといって我慢してやることができない。
だから、会社で雇うには、動機付けに苦労する。かれらは職務であっても、興味がもてないことにたいしては堂々とやることを拒否する。
では金銭でも動機付けできるかというと、本質的にやりたいこと、意味のあることをみつけてあげる必要があるので、上司は困り果ててしまう。
お金を払っているのだから、という論理が通用しない。好きなことしかやらないのなら会社はなりたたないので、それでは困るといわれれば、彼らは会社をやめるほうを選ぶ。

88世代は、満たされていて、すでにすべてに満足してしまった世代だ。
だから、会社にも、出世にも、お金にも興味がない。
なので、彼らが欲する典型的なものは、仲間、つながり、影響力、社会への貢献、といったところになる。

彼らは彼らなりのほうほうで、仲間、つながり、影響力、社会への貢献を実現しようと考えて行動する。しかし、それは上の世代からみるとそれは、組織や永続性、お金を伴わないので、おままごとにしか見えない。
上の世代は「君たちはナイーブ過ぎる」と噛み付く。
88世代は、「ほっておいてください。僕らなりのやり方で実現させます」
それが88世代vs 76、65世代がケンカしている典型的なパターンだ。

P.S.
88世代の特徴をみると、起業家から金の要素を抜いたものに近いのかもしれないとおもう。88世代は自分で独立しないとそのマインドはいかせない。だから独立もせずに甘いことをいっている88世代に、上の世代がカチンとくるのかもしれない。88世代は、すべからず独立せよ。というより、インタビューしたひとは、就職しないでいきなり独立してやりたいことしている人も多かったわけだが。独立する88世代は僕は応援したい。

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マトリクス分析:お金よりやりがいを求める若者の傾向と、その落とし穴とは?

最近世代論が多い。若い人(28歳以下)と接していて僕もよく思うのが、お金よりも、やりがいをもとめるということだ。やりがいとは曖昧なので、もう少し詳しくいうと、

①ルーチンワークではなくクリエイティビティが発揮できる仕事
②社会的に意味がある仕事

の2つである。
お金よりクリエイティビティと社会的意義を求める傾向は、検証したわけでないが間違いないと思う。
しかし、そういう彼らをdisる人も多い。仕事なんてそんなもんじゃーねーぞ、みたいな怖いオッサン。それに対して、若者も、そんなオッサンばかりで辟易するというし、会社ではやりたいことが見つからないと嘆く。そして3年も立たず辞めていく。

この構図を、コンサルマトリクスで整理した。



横軸には、自分がやりたい仕事の内容を書いている。
ひとつは若者に典型的なクリエイティビティ、もうひとつはルーチン・工業的なもの。

縦軸では、これがポイントなのだが、やりたい仕事のないようではなく、「職業意識」を書いている。
ひとつは終身雇用・依存志向、もうひとつは自律・自立志向だ。

これによって4つのパターンができる。



順番にみていこう

①「ルーチン・工業的」な仕事を欲するが「終身雇用・依存志向」・・・・社畜
これがいわゆる従来のサラリーマンだ。揶揄したいいかたで社畜と書いたが、悪い事ではない。自分の頭で考えるような仕事より、淡々とルーチンな仕事をしていたほうが楽だし、むしろ世の中のひとのほとんどは、やりがいより、雇用の安定のほうが大事であり、自由が欲しい人がそれほど多いとは思わない。
世の中はまだまだ工業で動いており、正社員・年功序列、まさに工業時代・資本主義での働き方がこれなのである。


いよいよここからが問題。


ルーチン・工業的」な仕事を欲するが「自律・自立志向」・・・・・生きていけない
フリーランスになっても生きていけないよ、という批判が多いのはこのゾーンを指しているからではないか?これは失敗したフリーランスに近い。会社が嫌でやめたりするのだが、実はルーチンな仕事しかできないしそっちが向いている。でもルーチンな仕事、コモデティ化していく仕事の領域では組織の保護ナシには生きていけないのだ。
ルーチンの仕事は資本主義の仕事である。つまり資本があって大規模に展開出来るところでないと厳しくなる一方で、個人にはまったく向いていないのだ。
このタイプは多重下請けになったり、仕事そのものが無くなったり辛いことになる。

次は若者論の核心だ

③「クリエイティブな仕事」を欲するが、終身雇用・依存志向」・・・・・若い人(やりがいクレクレ君)
この層が、いわゆる理解できない若者ということになるのだろう。
なんらかのキッカケでクリエイティブ志向になったのに、独立意識が育まれていないということだ。意識としては、クリエイティブな仕事を欲するのだが、組織としては工業化の時代の組織にはいって安定を得ようとする。それが両立しないのは明らかだ。



クリエイティビティな仕事は自分で創っていくものだが、それが工業化社会のように与えられると思ってしまう。工業化時代の仕事の枠組みに、誰かが新しいものを作ってくれるはずだと思い、与えられないので絶望する。しかし、自分からは、その枠組から外にでる勇気はない。


こういう態度にたいして、社畜サラリーマンは「甘い」と評して、「クリエイティブな仕事なんて幻想だ、諦めて会社に染まれ」と叱咤する。


絶望しすぎたひとは我慢できず、会社を辞める。が、先ほど指摘したように、既存の枠組みを超える気負いはないので、解決策は、「やりがいを与えてくれる企業への転職だ」。
しかし、同様の論理でそういう企業は存在しない。3回程、青い鳥を追い求める転職を繰り返したところでブラック企業にハマってしまう。

次に僕が追っているノマドたち


「クリエイティブな仕事」を欲し、「自律・自立志向」・・・・クリエイティブノマド/起業家
クリエイティブなことをするためには、組織や工業社会の通年にとらわれる必要はないとかんがえ、既存の枠組みを無視できる人々である。彼らは、実にクリエイティブで、奔放で、価値を生み出す。しかし、高度に自由を求めるので、企業はいかに彼らを採用し囲い込むかに腐心するが、工業化時代の組織には囲っておくことができない。


全体をとおして考えると、クリエイティブ資本の時代と、工業の時代(資本主義)における実現したいことと実現の枠ぐみ(ビーグル)のズレがこのようなことを引き起こしているのだと言える。
そして、①の社畜(工業-工業)と④のクリエイティブノマド(クリエイティブ-クリエイティブ)と2つだけが、やりたいこととそのビーグルを一致させている。
それがずれるとおかしなことになるということだ。


続きの議論は、オンラインサロン tyk projecs にて行います。
考察を深め、10月ごろ発売の私の「ノマド化する時代」に盛り込む予定です。


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暇なときこそWBSをつくれ – 自分の目標を実現するための原則

7月になりました。ちょうど第三四半期の始まりです。
いま、僕は、四半期計画を立てています。

四半期計画といっても、会社の仕事ということではありません。
個人のやりたいことの計画を立てるんです。

個人でやりたいことといえば、

・アコンカグア登るぞ。
・7末で切れるマイルをつかって旅行
・GEISAIに出展するぞ/作品制作
・巨大なBBQをするぞ

・家を模様替えしてみせるぞ
・楽しい夏休みをすごずぞ
・3つ出版企画を通すぞ
・過去の著作を電子出版するぞ

とか、いろいろ。
私の場合、会社を経営していて、また個人でも本を書いていたりするので、上記以外、内容は多岐にわたるのですが、ポイントはプライベートな目標*もこれにいれていることです。
たとえば、登山とか、夏休みとか。



プライベートなことって、常に後回しになりがちです。
よくあるのが、仕事やらを全部片付けて、それで時間に余裕ができたら、プライベートをしようという考え方。この考え方だと、いつまでたってもプライベートなことは実現しません。
仕事が片付いて時間があいたとしても、プライベートの計画をつくっていなかったら、行き当たりバッタリになってしまう。突然休みがとれても、じゃあ何処にいくかから考えていたら、希望のところにはいけませんよね。
よくあるのがようやく4日の連休がとれたので、あたふたして何処かいくみたいな。結局混んでいたり、高くついたり。

僕は旅行の予定はほぼ半年くらい前から立てて、かならずそこに時間が空くように、他の仕事が被らないように、きっちり計画します。なので、いままで、仕事が押して旅行にいけなかったことは一回もありません。

家の模様替えとかも、やるぞやるぞとおもって、暇な時間ができたらやろうとおもっても、これもいつまでたっても実現しません。平気で1年がたつ。
こういうのも予定に組み込む必要があります。

プライベートなことも目標をたて、実現のためのタスクに分解し、それを行う予定を組み込んでおく。そうしないと仕事が優先されてしまい、プライベートはゼロ、なにも実現しなくなってしまいます。

僕は、まずプライベートで実現したいことを書き出す。
そして、それを実現できるよう、計画に落としこみ、まずその時間を確保。
残りの時間で、仕事する。
この順番です。

(あたりまえの原則) 計画し予定をしていないものは、実現しない

それから、実は、暇なときこそ要注意です。
仕事もそうですが、暇な時は、時間の余裕があるからきっといろいろ終わるよね、とおもって、漫然と仕事をしたり、予定を立てがちです。
そうすると、気付いてみると、何も達成せずに数ヶ月がすぎる・・・

暇な時こそ、自己管理が必要です。暇な時こそ、自分で目標を管理して、意識してタスクを自分に割り振らないと、なにも実現しないまま時間がすぎます。
僕も独立してから時間ができてこのパターンやりました。痛い目にあっています。あっというまに1年が過ぎて、ホントに後悔。

タスク管理は、WBS (Work Breakdown Structure)という手法をつかっています。
これはプロジェクト管理のための手法で、ITの会社などにいれば必ず作らされるのでお馴染みだとおもいます。エクセル表をつくって、これでプライベートの目標&タスクも管理しています。

(参考URL)

WBSを学び、見積もり・進ちょくに役立てよ!

プロジェクトの道しるべ WBSの作り方

基本的には、成果物(ゴール)を定義して、それを作るために必要な作業(タスク)を洗い出し(分解)します。
タスクごとにかかる時間(工数)を見積り、またタスク相互の依存関係(AがおわらないとBがはじめられない等)を定義。
最後に、表に落とします。
そんな感じで今日の朝はWBSづくりをしました。9月は一ヶ月まるまるアジアを訪問するのですが、それに向けて、7,8に何をすべきかきっちり計画をねりました。結果、恐ろしいほどのタスクがあり、明日から猛烈にこなしていかないと間に合わないことがわかりましたので、がんばります。以上。
(※僕の場合、プライベートと仕事が融合しているものもあります。例えば、本を書くというのは、仕事ですが、個人的に実現したいことでもあり、プライベートだともいえるので)

(あと、もちろん、1日でできて時間があいたらぱっとやるみたいなことは行き当たりばったりでも実現できますよ。そんな反論はやめてね)

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楽天の全面英語化を考える – グローバル人材は育成ではなく獲得するもの

楽天が社内公用語を英語にすると発表してから2年、ついに2012年の7月より全面英語化に正式に移行する。
これは、日本人同士でも英語を喋り、すべての場面で英語を使うという内容のようだ。
これは日本企業としてはとても踏み込んだものであり、驚きに値するが、いろいろな疑問も出ている。

これは、楽天のグローバルビジネスの拡大を見据えたものだと言っている。
日本のノウハウをスムーズに海外に移植し、いままで通訳をはさんでいたことを直接やり取りするということで効果がでているようだ。

私が思うのは、楽天hどこに向かうのかはちぐはぐな気がする。
単に英語を喋ることができる社員がたくさんいて、日本から英語で指示ができればグローバル化なのではない。それはあくまで「日本企業の海外展開」にとどまる。
本当の意味でのグローバル企業になろうとしているのかは不明だ。

本当のグローバル企業とは、例えば、私がいたアクセンチュアのような企業だ。
この企業は世界54カ国に200以上のオフィスを持ち、24万人以上の社員がいる。
以前は、イリノイ州シカゴに本社があるアメリカ企業であったが、ある日突然、バミューダ諸島に本社をうつした。そして、2009年9月からは、アイルランドのダブリンに本社をうつしている。

この会社にはもちろんマネジメントとしての本社は存在するものの、基本的にはローカルのオフィスが各国に散らばって、それぞれの国で最適に仕事をしている。
日本のコンサルタントは、日本向けの仕事をするので、日本語で仕事をするのが当たり前だ。
中国での仕事もあるが、その場合、日本人が中国で仕事をするのではなく、中国人オフィスで採用された中国人が中国語で中国の会社むけに仕事をする。フランスでの仕事は、フランスで採用されたフランス人がフランスでフランス企業むけに仕事をする。
どこかの国のコンサルタントを世界中に派遣するのではない、その国のことは其の国の人がおこない、そしてそれが54カ国分に展開しているのだ。

もちろん、役員となるパートナーのうち一部は本社から直接の司令を受ける。そこの層は本社とやり取りしないと行けないので英語などはマストだが、末端のコンサルタントは英語はできたほうがいいが、日本企業相手の仕事で英語で仕事はしないし、社内の会話も日本語である。

本社はどうかというと、本社では英語でやり取りされているだろう。ただし、本社は、米国内にない。米国の企業ではない。今はダブリンにあるし、今のCEOはながらくフランス出身でヨーロッパの金融サービスを見ていたフランス人だ。

どこの国でもない本社と、ローカルのオペレーション、これがリアルなグローバル企業の姿である。

なので、人材採用の考え方は全然違う。
グローバル人材といった概念は存在しない。

英語圏で行うサービスで英語を使う人が必要なら、英語圏で英語ネイティブを採用する。
中国本土で行うなら、中国人を採用する。
以上である。
コンサルタントとしてのスキルは育成するけれども、グローバル人材なんて育成しない。
英語を教えるのではなく、喋れるひとを採用する。それだけだ。

グローバル人材なんてものは存在せず、その国にあった人材は育成するのではなく、その国から獲得するものである。

楽天も何がしたいのかよく見えない。
アジア展開する企業になりたいのなら、中国人やインドネシア人を雇えばいい。かれらは中国語やインドネシア語だけしゃべれればよく、せいぜいその会社のマネジメントが英語を喋れればいい。日本も、日本法人を単なる日本ローカルのものと考え、本社機能は分離すべきだ。
べつに本社が日本にあってもいいが、日本の本社機能と、日本のローカルのオペレーションは違う。
本社の人材は英語でしゃべればよかおる。ただ、日本のローカルオペレーションの人材は日本語を喋れば十分である。
そして、本社機能はさっさと、香港なりシンガポールなりに移してしまい、執行役員以下全員シンガポールにお引越し。もしくは、シンガポールで役員を雇えばいい。

もちろんそういうことを考えているのかもしれない。
ただ、順番としては、日本のローカル含めて全部英語化して人を育成してから海外展開より、
本社機能と、日本支社を分離し、本社機能は英語化して、海外に移し人材も海外で最低なひとを採用するほうが早いだろう。

多くの日本企業は前者の順番を踏襲しようとするが、基本的に本当のグローバル企業は後者である。

なおグローバル化と個人のキャリアについては、tyk projectsで各国の現地就職事情などについて情報を仕入れております。 記事に共感いただけましたら、tykのツイッターもフォローくださいませ!




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ガラパゴス化する「グローバル人材」 – グローバルタレントではなく独自のグローバル人材を欲する日本企業

日本企業で言われているグローバル人材ってなんだろう?
今回あらためて考えてみた。

考えれば考えるほどこの”グローバル人材”とやらは珍妙で、おかしなものに思えてくる。
とりわけ、「グローバル人材の育成が急務」というのはどういうことだろうか?

日本がグローバル人材を求めているがなかなか見つからないという話を、海外の友人に話すと、すごく不思議な顔をされる。

「3ヶ国語話せてビジネスできるグローバル人材なんてシンガポールに沢山いるよ。若くて優秀なアジア系の人材がいるから、そういう人を採用すればいい」

という。まさにそのとおりなのだが、実はそうはいかない。
どうも、このグローバル人材というのが、日本独自の「グローバル人材」なのだ。
グローバル人材の定義もガラパゴス化しているのだ(笑)

おそらくこのグローバル人材というのは、英語の  global talent の訳語だとおもわれるのだが、global telent とグローバル人材は定義がだいぶ異なる。

global talent とは、それこそ、世界のどこでも通用するような才能をもった人材だ。
経営者でいえば、ジャック・ウェルチやルイス・ガースナーのような人、皆が知っているところでは、スティーブ・ジョブスやマーク・ザッカーバーグといった起業家、世界中で通用するリーダーである。
これが世界で共通認識のglobal talentだ。

日本人にはこういうひとがいるか?
いない?

いや、経営者、起業家以外に目をむければ、結構、global  talentは存在する。

国連の緒方貞子さんや、コンサルタントの大前研一氏、などは日本を代表的するglobal  talentだ。
技術、芸術分野を見渡すと、日本人のgrobal talentは目覚しい活躍をしている。
指揮者の小澤征爾建築の安藤忠雄美術家の村上隆氏といったところは世界の誰もが認めているし、科学者でも中村修二氏をはじめ世界のどの大学からもお声がかかる人がいる。
それこそ、スポーツ分野でいえば、メジャーリーグで何人も選手が活躍しているではないか。


日本人にもglobal telentは一杯いるのである。
これらの人の特徴は、個人として、世界の何処からも欲せられる経験や技能をもっていることだ。まさにglobal talentの定義そのものだ。


日本企業がほしいものが、grobal talentな経営者なら、そういう人材は世界の人材マーケットで沢山転がっている。下手すると社長ですらこういう人材プールから雇ってこれる。

ただ日本企業がいうグローバル人材が欲しい、とはこれとは文脈が違うことは明らかだろう。
日本企業は、実は、本当のglobal talentは欲しくないのである。
日本企業になじまないし、日本企業のやり方とも違うから、採用できないのだ・・

日本企業のグローバル人材とは、端的に言ってしまえば

日本企業の海外事業や、海外でのオペレーションを管理できる人材

ということになる。
つまり、あくまで、日本企業内での人材なのだ。

しかも・・日本企業内にいて、本社の意向を汲みつつ、日本の力学を理解しつつも、海外では大胆にタフに活躍できる人材ということになる。
日本の企業の文化に馴染みつつ、外国語に堪能で、現地の文化やビジネス事情もわかる。
こんな人材は世の中に、居るわけがない。
日本組織のやり方でやってもらわないといけないから、超優秀大学を卒業し、3ヶ国語を話し、中国の事情にもくわしい優秀な中国の大学院生も雇うこともできない。


代わりに、海外赴任に抵抗感のないすこし英語の得意な日本の有名大学の大学生を雇い、英語と中国語を習わせ一生懸命、独自に「育成」しているのである。

千代田建設工業では、新人社員研修で全員をカタールに研修にいかせているという。
日立も2012年からは新卒社員は海外赴任を前提に採用するという。
NECも、新卒社員をいきなり海外派遣させるこ


新卒を採用し、海外で育て、海外の拠点に派遣させるのだ。
そうして育成するというのが、日本企業の絵描くグローバル人材戦略だ。

本当のグローバル企業は全く違う。
私がかつて所属していたコンサルティング会社は最先端のグローバル組織だった。
人材は何人でもよく、国籍は問わない。全世界で人事制度(キャリアパスと昇進基準)が統一されており、査定の仕方も一緒だ。ヨーロッパのプロジェクトで日本語がわかる人材が欲しければ、日本人が駆けつけて手伝うこともある。仕事のやり方は世界でほぼ共通になっているので、現地のやり方といったことを教える必要がない。飛行機でついた翌日からプロジェクトに参加することができ、すぐ機能する。


つまり、仕事のやり方や組織の仕組み、人事の仕組みをグローバルで統一し明確にすることで、広く世界中からglobal talentを採用し活かすことができる。
これが本当のグローバル化である。だから、海外事業の展開も早い。

日本企業は、市場にグローバル人材がいないから、新卒で学生を採用し、20代のうちに海外に派遣し、グローバル人材を育成しようとしている。
こんなスピード感で間に合うのだろうか。
グローバル人材の話を聞くとき、根本的に抱く違和感はこのあたりにある。


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履歴書は手書きにすべきか?-古くからの論争に終止符を打つ最終結論

履歴書は手書きにすべきか?

毎年就職シーズンになるとこの話題が持ち上がる。
そして、手書き派と、Word派で激論に。ウンザリなので、僕が最終的かつ完璧な結論を提示しておく。

結論としては、Wordで良い。

僕の会社はマネージャ層の人材のビジネスをしているが、中途採用においては、手書きの履歴書などを顧客企業におくったことなどはタダの一度もない。
応募者の管理は、当然PCでしているだろうから、ファイルで管理できない手描きの履歴書などは全くもって迷惑千万である。

僕の会社への応募でも、時々学生で紙の履歴書を持ってくるひとがいるが、これはスキャンせねばならないので、面倒だ。つきっ返して、ワードのものをあとで送るように言っている。



それに、どんなに丁寧な文字で書かれていても、手書きは読みにくい。タイプされた文字の読みやすさにはかなわないだろう。大量の履歴書を読む人事にとっては、読みやすいというのはとても大事なポイントである。

いや、ちがう、そういう実務上の問題だけではなく、選考に必要だという反論もある。
手書き派の持論はたいがいこういうものだ。

– 人となりがわかる
– 漢字が書けるか、丁寧な文字が書けるかが大事である
– 手書きは心がこもっている
– 応募に際しての熱意が判定できる

なんとも日本的だ。
これを見るとわかるように、どれもが、応募者の経験や実績というものを判断する視点とはかけ離れたものだ。
もちろん、漢字や丁寧な文字がかけたほうがいいが、それが仕事を行う上でどのくらい重要なのだろうか?「手書きの文字で感謝レターを書く仕事」みたいなのでない限り、どうでもいいのではないだろうか?
もしそれが非常に重要でテストしたいのならば、別途、手書き文字を書いてくださいという宿題をださせればよく、履歴書自体はwordで構わないはずだ。

それでも、やはり、人となりや、熱意を知りたいという人事もいる。たしかに人となりや熱意は重要だろう。だが、それを判定するには、履歴書が適切だろうか?
ぼくは、履歴書の文字からひととなりなどわからないと考える。実際に面をむかって会ってみないとわからない。だから、履歴書の内容をみて、必要なら合い、人となりも判断する。
熱意だって、別途志望動機を書いてもらえば判定できることだ。中途の応募では熱意を示すのに志望動機書やカバーレターみたいなのを添えることがある。もちろんWordだ。

こういっても納得しないひとは納得しない。どうしても手書きの履歴書を見ないと、安心できない。心がこもったものが必要だ、面倒でも手書きで書く熱意が必要と強い意見をお持ちのかたがいる。ぼくは、もう、それはしょうがないと思う。説得したとしても無駄だ。

しかし、学生諸君、そのような手書きは熱意がある、心がこもっているとかのオカルトみたいなことをいって、合否判定の材料にするような非合理的な企業で働きたいだろうか?

これが一番大事なポイントである。
Wordの履歴書を嫌う会社も実在するのは確かだ。それを問題にするのではなく、重要な点は、そんな企業に入社したいか?という点につきる。

僕は、履歴書に心がこもっているか?熱意があるか?といった視点でしか人を判断できないような企業には入社しないほうがいいと思っている。入社したところで、所詮、熱意だけで出来るブラックな仕事しか存在しない。

学生には、常にWordの履歴書を使うように強くおすすめする。
そして、それがネガティブ材料と捉える企業には入社しないほうがよい。
Wordの履歴書はそういう情緒的な企業をあぶりだすリトマス試験紙にほかならない。
間違って、履歴書の丁寧さを人事評価基準にしている企業に入社するのを避けるためだ。

最後に、もちろん、Wordの履歴書でもダメな例はある。
Wordは、コピーが簡単だからといって、志望動機の欄がすべての企業で一緒だったりするものだ。画一的で、求人相手のニーズを捉えてない通り一遍の動機をすべての履歴書に書いている。志望動機をカスタマイズしないのは、文字通り「内容がない」ということで、これは、履歴書の中身を判定している行為であるから、別におかしくない。
よくあるのは、A社を志望しますというような、社名が残っているものをB社に提出してしまうことだ。こういうミスもダメである。
コピペ履歴書の問題は、中身の問題である。wordか手書きかというフォーマット論とは全く関係ない話のはずだ。 それを一緒くたにした議論が多すぎる。


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(追記)
逆の視点もある。手書き履歴書強要のブラック企業は、それを強要することで、おかしな慣習をおかしいと思わずに従う人材のみを網にかけることができる。そういう意味で、「手書きマスト」というのはブラック採用をする側にとっても重要なリトマス試験紙なのかもしれない。
求職者も手書き履歴書と熱意しかアピールできるものがなくなったら終わりだ。そうなる前に、なにか行動しておこう。


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マックジョブを辞めて、専門知識を身につけたいと希望する君に

話題のブログ記事、即戦力人材を求める大人と、「マックジョブ」に拘束される大学生
http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/10751

が、割合的外れだとおもったので、僕の考えをまとめておく。

先日、「私は学びたいことがあるのですが、お金が足りず、飲食店でアルバイトをしています。でも、毎月数万円のために貴重な時間を費やすのは、正直もったいなく感じているんです。親も頼れず、奨学金は取れませんでした。どうすれば良いでしょうか?」という相談を受けて、答えに詰まりました。


皆さんは、冒頭の学生のような相談に対して、どのような答えを出しますか?ぜひ考えてみてください。宜しければコメント欄でご意見を書き込んでみてください。


とのことなので、僕のアドバイスを

「君は、奨学金を取る学力もなしにマックジョブは時間の無駄だといい、もっとやりたいことをやりたいという。いいね、君のその仕事への考えを変えない限り、君は、これからも一生その無駄なマックジョブをし続けるはめになるよ」

と言うだろう。
間違いないのは、彼がワープアへ一直線だということだ。


上記のような人は、ぼくは逆転君とよんでいる。いつも逆転のことばっかり考えていて、いまそのやっている仕事に付加価値をつけていこうと考えることができない。
こういうひとは、積み上げていく発想がないので、まわりの環境が変わったりすることをひたすら望む。そして、結局環境は改善されず、結局最底辺の仕事をずっとやり続けるハメになる。

マックでのバイトだって、視点を変えれば、

・世界のベストFCチェーンの現場でベストプラクティスを学ぶ経験

というとても面白い経験なのだ。この仕事から学べることを極めるとどうなるか?外食チェーンの店舗オペレーションの専門知識ということになる。

僕なら、マックでバイトを1ヶ月もすれば、店舗オペレーションを全部覚えて、次の月からアジアの未熟な外食店舗むけに、外食コンサルタントをしてがっぽり稼げるだろう。

つまり、

マックジョブからも面白いことを学び、それを価値として再現できるやつがいる。

一方で、たしかに、マックジョブをマックジョブとしかできず、マックジョブのまま甘んじてすごすひともいるだろう。冒頭の学生はそういうタイプだ。

そういう学生に、じゃあ、僕のところで、戦略コンサルティングのインターンをしてもいいよ言おう。これは専門知識を得る大チャンスだ。
でも、マックジョブをマックジョブとしかできないひとは、戦略コンサルのインターンでもせいぜいルーチンワークしかできないのだ。だんだんやれることがなくなり、パワポの清書や、エクセルのグラフの整形みたいな仕事しか振られなくなるだろう。

マックジョブをやってもそこから専門知識を学ぶやつはいるし、専門的なインターンに参加しても、ルーチンワークしか身につかないやつは身につかない。

専門知識というとあたかも時間があって教えてあげれば身につくみたいな感じだけど、全くそういうことではない。そういう上辺の知識では歯が立たない。求められている即戦力とはそういうことではないのだ。

イケダ氏は、
①何らかの社会的な仕組みによってマックジョブをけずってあげて、学生に専門性のあるインターンや専門性を磨くプログラムをやらせれば、専門性が高まる仮定をおいている。
②そして、即戦力が求められてキテいる社会の厳しさに耐えられるように、そうしてあげるべき、といっている。

両方とも僕の経験値とは違う。
①専門性のあるインターンをやらせても、身につかないやつは身につかない。
②専門性のあるインターンとやらで身につく知識は、社会がもとめている即戦力ではない。

むしろマックジョブでみにつけた、丁寧な言葉づかい、間違えない正確性、ルーチンをこなす基礎能力というのが大人からみたら「即戦力」と捉えられることも多い

冒頭の学生、マックで仕事といったってフルタイムで仕事しているわけではないだろう。
大学にもかよっているのだから。
その大学で何を学んでいるのだろう?大学は専門知識を学ぶところではないのか?
プログラミングでも学んで、プログラムのしごとをすればいいじゃないか。独学でもいい。
3ヶ月学べば、なにか仕事を受けられるだろう。そしてスキルを積んで、1年かけて、そっちの効率いいバイトで食えるようにしたらいい。

そうしたらマックジョブから抜けられる。同時に、社会から認められる即戦力にもなっているだろう。

僕は冒頭の学生が、その後社会でサバイブしていけるように、そういうサバイブの発想を学ばせることが大事だと思う。


#一生マックジョブしかできない人をどう貧困から救うか、マックジョブしか仕事がない現状といったテーマはまた論点が別なので混同しないでね。

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コンサル流にマトリクスで解説しますわ – 「意識が高い学生が揶揄される本当の理由」

「意識の高い学生」というのがバズってますね。
意識の高い学生を揶揄する議論も、擁護する議論もありますが、
すこし明確にしておこうとおもいます

コンサル流に、簡潔にズバリいいます。要するに2軸で捉えればわかります。
意識 X 実績の有無です。





いわゆる「意識の高い学生」とよばれているのは、

「意識は高いが・・実績が乏しい」学生でしょう。

やたらとブレストしたがったり、マーケティングが大事とかいったり、社会問題に目を向けていつも勝負をしています。とかいっていながら、じゃ成績は?と聞くと普通だし、じゃその学生団体の成果は?って聞くと、べつに新しい成果を出しているわけでもなかったりするし、学生企業にしても儲かってない。バイトなども希望の仕事と違ったといってすぐに辞めて転々としている。だから、だめじゃん。って言われるってこと。
それを揶揄してるんだよね。

もちろん、意識が高いひとは歓迎。
「意識が高くて+実績も出せるやつ」は、マッキンゼーなりに就職するし、みんな誰も文句を言わず、とても素晴らしい人ってことになるよね。この層には意識が高い学生なんていう言葉はつかわないよね。スーパーマンとか、超優秀な学生とか表現するはず。

次に、「意識が低く、実績もない人」は・・これはだめだよな。単に。
終わってます。

最後ですが、「意識は低く、実績は出している人」は、どうかというと、これ結構使えるんだよね。意識が低いのに、実績だせるの?というツッコミがあるけど、いわゆる淡々とやるタイプの人を指している。組織の一員としては、スーパーではなくても、淡々と言われたことをやってくれれば、それなりに使える。このタイプを欲しい企業もいっぱいいるよ。
意識の高い学生みたいに自分のやりたいことと違うと「将来の目標と合っていないのでこの仕事はしたくないです」っていって仕事拒否ったり「戦略を練ってから実行します」とかいって1週間たっても何も出て来なかったりするより、「僕はそれほど頭がよくないので、まず言われたことをこなせるように努力します」というほうが、使える。

要するに、世の中は、意識も高く実績出せる超優秀層が、意識が低くても言われたことをこなす人を、うまく褒めつつ、すこしヤル気をだしていただいて、淡々と仕事をしていただく、ということで成り立っているんだよね。

その2つ以外のひとは、要らないんだよ。
ということで、意識が高いだけ君が揶揄される理由はわかったかな。


最後に、意識が高い人は、あとから実績付ければいいという反論もあるけど。
多くの社会人の経験則では、「それはあまりない」ということなんだな。
それより「淡々とこなしてきた人」がより実力がついて意識も高まることのほうが多いんだよ。

ということでした。そんじゃーね。


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グローバル人材ではなくアジア人材を目指せ – 30歳からキャリアを考える人のためのヒント

先日の記事で、グローバル企業のCEOやシリコンバレーで起業みたいなのを目指すグローバル人材は、すでに日本語でこの記事を読んでいる時点で無理という身も蓋もない話をしました。

しかし、もうちょっとグローバルの意味をアジアに目をむけてみるとちょっと視点がひろがります。

僕が提案したいグローバル人材は、アジア限定グローバル人材です。
欧米はもう、ちょっと無理なので、そこは外しちゃうんですね。

でも、日本のなかには閉じてない。


アジア市場がいま十分大きくなっているので、アジア全域で活躍できる人材になればいいんです。

日本に閉じていた人材(ドメ人材)> アジアで活躍できる人材 >でも欧米での一線級の活躍は諦める

といった感じです。



具体的には、


日本とアジアを繋ぐ、日本企業のアジア進出を手伝う
・・・アジアとの架け橋のグローカル人材。


アジアで商売できる。アジアで企業を起こせる。
・・・駐在ではなく、アジアネイティブ。和橋とよびます。

といった感じです。
この2つのどちらかを抑えましょう。

日本が経済的に縮小してしまっても、アジアの成長の並に乗ることができる。これが大事。
これが、アジア限定グローバル人材です。


語学にしても、アジアのひとは英語ネイティブではなく、みんなあとから英語をまなんでいるので、アジアでやっていく分には、「十分流暢な英語」であればOKです。ネイティブな発音、表現は必要ではありません。
日本人にとってこれは大きなアドバンテッジです。

それに、アジアは国が分散しており、事実上USA内での国内競争になっている欧米型グローバル人材とは違い、いろんなキャリアパスがありえるのがよいところでしょう。

10年後食える仕事、食えない仕事で分類されているマトリクスで言うと、


出所:「10年後食える仕事、食えない仕事」

このジャパンプレミアムとグローカルのぶぶんを、
「アジアプレミアム」「アジアグローカル」に変えたようなイメージです。

僕はすでに日本で育ってしまったビジネス系人材が目指すべきところとしては、そんなところなのか思います。トップを目指すというより、”日本以外でも食える、生きていける”という非ドメ人材を目指すというのが、なにしろ肝心だとおもいます。

もちろん、技術やスポーツ、科学や芸術系のひとは、無国籍ジャングルで欧米とも勝負できますんで、頑張ってくださいませ!

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追記:

欧米で一線級で働くには、幼少の頃からの欧米体験が必要だといいました。

アジアで働くには、大学卒業後でもまにあいます。でも、アジアを”取り込め”とばかり、日本の本社から眺めているだけとか、駐在で2-3年いっただけじゃやっぱりだめです。アジアに”飛び込む”必要があるとおもいます。

アジアへ行け、ツイッターで、そういうアカウントもいろいろできているようですが、まさに、アジアへ飛び込めです。

欧米とちがって、大学卒業後から、30過ぎから飛び込んでも大丈夫なのですから!

そして、まずは、日本以外でも食える、生きていけるという、非ドメ人材を目指しましょう。日本と一緒に沈没しなくてもすむように!

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グローバル人材の幻想 – 青い鳥を追いかけるまえに、ファンタジーから目を覚ませ

グローバル人材、グローバル人材って、さいきん耳がたこになるくらい聞きますね。

みんながイメージするスーパー人材って、要するにプロCEOか、ネットの起業家ですよね。
ルイス・ガースナー、スティーブジョブスや、ザッカーバーグ、みたいな感じ。

グローバル企業のCEOや幹部、いけてるベンチャーを作って有名投資家から投資を受けよう。
これがグローバル人材の目指すゴールだとすると、はっきり言って目標設定を間違えています。

もう、日本で育って、日本の大学を卒業している時点でダメなんですよ。
スーパーグローバル人材は、欧米で育ち、教育される必要があるんです。
小学校からボーディングスクールにいって、ハーバードにいかせたりしないとダメなんですよ。



え、活躍しているインド人がいるじゃないかって?
いや、甘いんですよ、途上国の人は、金持ちで、インドの大富豪のカーストはバラモンみたいなひとが、欧米のボーディングスクールみたいなこところから、カネをかけて教育しているわけです。

どんなに究極に出遅れても、大学から欧米の大学に通い、大学院まで出ないと、はっきりいってお話になりません。日本の大学に進学した時点や、日本の企業で10年つとめたあとで、キャリアアップでグローバル人材を目指すなんてのは、初めから矛盾しているのでやめましょう。

英語力で経営トップ(ベンチャー経営含む)の世界で必要とされているレベルも知っていますか?

ネイティブ

です。
それ以外はありえません。ネイティブオンリーです。
なので、もう幼少の時を外国で過ごさないとダメなんですよ。

もちろん、国連の緒方貞子さんみたいに、幼少期をサンフランシスコや香港や上海で過ごし、大学までは聖心、そのあとはカリフォルニア大学の大学院でまなぶのはありです。

とにかく、みなさん、この記事を読んでいる大人にとって、
グローバルうんぬんとかの話は、
少なくとも、みなさんの子供の教育としてはあり得るけれども、
みなさん自身の話としては終わった話なんですね。オワコン。手遅れなんです。

英語ネイティブの3億人が死ぬほどがんばってエリート競争してる国で、横から入った非ネイティブが太刀打ちできるという発想をもっていることが、信じられません。

将来日本人のグローバルCEOが出現したとしても、たぶんその人は日本人というより、日系3世とか4世ということです。もはやです。フジモリ大統領をグローバル人材と呼ばないのと一緒なかんじです。

なので、まだ小さい子供がいましたら、今すぐ英語圏に引っ越して英語ネイティブさせて、ボーディングスクールにでも通わせましょう。
私の知人で、小学生から子供だけ単身でイギリスのボーディングスクールに通わせた人をしっています。そんな感じ。

グローバル人材のはなしとは、実は、子供の教育の話です。

で、それでは身も蓋もないので、

もちろん、日本出自で、シリコンバレーの企業に就職したり、長く欧米で勤めて、市民権をえたりしているひとはいます。そのくらいのグローバル感を目指すのはありです。いってみればエリートコースではなく隙間ですけどね。欧米の隙間で生きるくらいのグローバルなら、まだ大丈夫。
社会人になってから渡米して、主に技術者として働く人も多いです。出世することは稀ですが、普通の人生として、「海外で暮らす」ということなら誰でも叶えられます。そして2世に夢を託しましょう。

それから、いままでいった世界は”経営”の世界です。
経営の世界では、英語がネイティブである必要があるのですが、
技術の世界ではネイティブでなくてもいい。

イチローや、ダルビッシュなんかは、野球ができればいいし、
科学技術も英語が必要ですが、ネイティブでなくても、欧米の大学で教授は狙えます。
アートもそうで、村上隆氏は英語はあまりできなそうですが、世界で目覚しい活躍をしています。
日本人で世界で名だたる建築家がいますし、デザインでも勝負可能です。

なので、世界トップを狙うなら、技術や芸術の分野で勝負し、決して途中からMBAなんかにいってがんばろうとは思わないことです。

さてただしアジアに目をむけるとまた少しグローバルの意味合いがちがってきます。次回はそれについて書くことにします。

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(追記)
上記のような人材は、グローバル人材ではなく、グローバルエリートと呼ぶほうがよいらしいです。

(訂正)
記事中の「欧米」は「英米」のまちがいでした。訂正します。

>続きの記事を書きました。

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総ばかばかし総しらけの社会

背景はそれぞれに違うが、いま、すべての世代、すべての所得層で、ばかばかしさが広がっている。それを、僕は、総ばかばかしい、総しらけ、の社会がやってきたと思っている。
閉塞感から一歩進んで、ばかばかしさと、しらけ、が世の中を覆い始めた。

■所得の高い人(所得税率43%を食らう人)

増税が決まりそうだ。
世界でも高い所得税が更に高くなる。

これを見て欲しい、これが日本の所得税の表である。



課税所得1800万以上は住民税10%をいれて、税金が50%である。
しかし、1800万も稼がねーよ、というひとが殆んどなのであまり世間の怒りを買っていないのだが、課税所得1800万というのは、世界的には、会社を起こしたり、企業で役員まで出世するなどして、「苦労に苦労を重ねた結果のご褒美」としては、ささやかなレベルの報酬なのだ。
ようやく頑張ってこの金額を稼げるようになったと思ったら、税率50%である。


課税される所得金額所得税率+住民税10%
195万円以下5%15%
195万円を超え 330万円以下10%20%
330万円を超え 695万円以下20%30%
695万円を超え 900万円以下23%33%
900万円を超え 1,800万円以下33%43%
1,800万円超40%50%
1800万と言わず、さらに下もみてほしい。


これを見るとわかるように、課税所得900万のところで、いきなり税率が33→43%と10%もあがる。33%と43%の違いはかなり大きい。いきなり、ものすごい重税感を感じる。
いくら稼いでも、ちっとも手取りが増えないという感触を得ることになる。ほとんど休みなく熾烈な競争を勝ち抜いてきて、ようやく年俸の上昇カーブが高くなったところで、43%の税金が来るとそれ以上働く気をなくす。

もう、余りにばかばかしいので、海外にいこうと皆かんがえる。税率の低い国に行けば、手取りが全然ちがってくる。シンガポールなどは2000万くらいまでは実際は税率10%程度である。働く場所によって、これだけ税金が違うのだから、完全にばかばかしくなってくる。

かつては国境は仕事の境目だったが、いまでは海外で会社をつくるのも簡単だ。ウェブや金融などの仕事は、そもそも国境自体がなく、どこでやっても一緒だ。デザイナーや作家といった仕事も、べつに日本にいなくてもできる。

ばかばかしい。市場も縮まり、税金も高いなら、なにも日本でやらなくてもいい。世界で最もよい場所で稼ぐだけだ。日本が変わったら戻ってくればいいだけの話。
(#企業も同じ流れである)

■若者(195万円超~330万円以下)
上の所得税区分で言うと、税率20%の区分だ。
多くの若者が、この区分に入っているという。
この所得層の税率が20%というのは、じつは重税感がある。
日本の所得税は、上と下、高所得層と低所得層にとって負担が大きく、中間層にとって最も税負担が少なくできている。もちろん中間層とは、公務員がモデルである。

この所得層にあるのは、「諦め」である。
所得の高い層がばかばかしさを感じているのとはまた別の角度から、バカバカしさを感じている。
まともに働いて出世なんてのは、夢物語夢ストーリー。就職してまず気付くのは、5年後、10年後の給与が見えること言うこと、将来の賃金はあがる気配がないということだ。それでいて、高賃金の高賃金の高年層が会社にがっちりしがみついている状況で、ばかばかしさが増している。
スキルを高めれば給与が増えるわけでもない。賃金が伸びず努力やスキルとも比例しないという仮定において、労働にたいするROIを最大化するためには、なるべく働かないことが最適戦略になる。
社会や政治には関心ないというか、どうなってもおなじ、どうなろうが自分たちの待遇は対してかわらないから、むしろ、破綻してもなんでもいいし、そっちのほうが、再スタートできるし、また頑張るよ。
低所得でもそれなりに暮らせる方法もでてきた。
車もいらないし、家もいらない。
高いものを買う必要はなく、良い品質の安い製品がたくさんある。
ネットで仲間を見つけて、リア充だ。仲間との交流にはお金がかからない。

ばかばかしい。会社や出世なんかの幻想に貴重な人生を費やしたくない。リア充で、超アクティブに生きたい。

この層は実は私生活はほんとうにリア充している。3~4ヶ月先まで、毎週末、友達と交流する予定がぎっしり詰まっているひとも多い。


■中間層(695万円超~900万円以下)
事実上、ここの領域は、大企業か公務員の中年以上くらいしかもはやいないのでは。(大企業や公務員でも若い人はここではない)。そして、税金はこの人々にもっとも有利なように税率が設定されている。つまり、標準家庭(持ち家と住宅ローンがあり専業主婦と子供二人)だ。
所得の二極化といわれて久しいが、その間の中間層というのが、所謂、既得権層とか守られた人々と揶揄されるところで、もはや、ここは新しいものを生み出すより、なんとかして今の待遇を守ろうととにかく必死。会社がいつどうなるかもわからないし、あと10年、なんとか逃げ切りを狙うわけだ。仕事はつまらないし、意味があるとも思えなく、日本のためにもならないのはわかっていて馬鹿馬鹿しいが、勘弁してくれ。生活に充実もないが、あと10年、白々しく生きさせてくれ。


この3つカテゴリのキーワードはお分かりだろう。
ばかばかしい
である。

要するに、すべての層が、いまの状態にたいしてばかばかしいと思っていて、だれも何もコミットしないということだ。
無コミット社会。そうしらけ社会。
そして、高所得者は海外にいってしまい、必死に逃げをねらう多くの中年と、社会に関心ない多くの若者に分類される。

要するに、若い世代にとっては生き方は2つしかないということだ。
既得の中間層にはなれないのだから、①成功を目指して競争社会で頑張る(ただし国内だと閉塞感があるので海外でorフリーランスでやってみる)、②今にフォーカスしてリア充に徹する。所得が伸びなくても幸せに暮らす術を磨く。

所得の2分化というより、人生の選択肢の2分化が起きている感じがする。
そして、ノマドというのは、①にとっては国境を超えたり場所を超えるという意味でとらえられているし、②にとっては共有やシェア、ソーシャル・キャピタルによるお金の代替という意味でもとらえられている。
ノマドが時代を切るキーワードだということはそういうことなのではないか?という仮説。


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