学生の就職人気ランキングがなんか違和感あるなぁと感じるカラクリ

就職人気ランキングが今年も発表された。

まあこれを真に受ける人はいないとおもうけど、いちおうカラクリを解説しておこうとおもう。

ちなみに2015年のランキングは、

男子は、1位 伊藤忠商事 2位 丸紅 3位 住友商事

女子は、1位 JTB 2位 オリエンタル欄と 3位 資生堂

正直これから読み取れることは何もない。なにしろ、就職活動を始めたばかりで、企業のことなどほとんどわからないひとに聞いているようなランキングである。

この手のアンケートは、学生の知識が限られているので、知っている範囲で答えているということだ。だから、人気企業≒知っている企業に限りなく近い。

この手のアンケートは社会人のそれと比べると違いが大きい

DODAの転職したい企業ランキングでは、1位がGoogle 2位がトヨタ 3位がソニーだ。3位はあれとしても、だいぶ傾向が違う。商社はランキングに16位の三菱商事まで入らず、50位以内にもあと1社しかはいっていない(37位の三井物産)

単に、世間的に知っている、有名で、良さそうな企業の名前をあげているだけである。

たとえば、貴方が、野球に全く興味が無いとしよう。そういうひとだけを集めて、すきな野球選手についてアンケートを取るとする。

1位はイチロー 2位は松井 となるわけだ。松井は引退したんだけども。

おなじようなもので、私は、サッカーは殆ど見ないので、知識がほとんどない。恥ずかしい話だが、サッカー選手は、中田と、本田しかしらない。中田は引退したというのは知っている。

まったく噴出されてもしょうがない知識だけれどもほんとにそうなのだからしかたない。

そこで、私に、今年活躍しそうなサッカー選手は?と聞かれた場合、中田は引退しているから、本田と答えるしかない。

AKBのメンバーの人気ランキングを、一般のアンケートを取ると、前田敦子が上位にランキングする。AKBファンはそれを疑問に思うが、一般人は前田敦子しか知らないのである。私も、前田敦子しかしらない。

まあ、学生の就職人気アンケートはそんなもんだと思っていただければいい。

 

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終身雇用や年功序列を望むアンケートは保守化しているのではなく、単に打算的なだけ

就活生の2人に1人は定年まではたらく http://news.mynavi.jp/news/2014/01/08/063/

こういう調査が最近は多い。傾向は、多くの大学生が、「企業にできるだけ長くつとめたい」「定年まで勤めたい」「年功序列型の賃金が良い」「競争で賃金がきまるのはよくない」

といった傾向をしめすようだ。

これを、ほとんどのメディアは、「学生の保守化」と捉えているが、その見方は正しくない。

学生は単に打算的なだけだ。

つまり、現在において、どういうことが一番得か、というのを答えているに過ぎない。

雇用が不安定で、勝ち組負け組が明確になり、賃金の上昇が見込めない経済状況のなかで、もっとも美味しいディールは「新卒で終身雇用企業に入り、定年まで賃金が上昇する」という昭和モデルだ。

もう昭和モデルが実現することは非常にすくないとおもうし、失われつつある特権だろう。

だからこそ、就活生は、その「特権」が欲しいとおもう。そんな美味しいディールがあるなら、それにあやかりたい。

就活生のアンケートは、

「失われつつあある特権」

「自分も得たい」

という願望であり

「世の中でいちばんおいしいものはなにか?」

ということに対する就活生の答えに過ぎない。

そうかんがえたら、今の時代に、終身雇用が得られて毎年賃金があがる年功序列ではたらくことこそ、打算的なものはないといえる。

就活生はいつも打算的なのである。それだけは一貫している。

就活生が保守的になったということとは意味合いがことなるし、労働市場をどうするのが日本にとって望ましいのかといった政策論ともちがうし、終身雇用の維持が望ましいという労働組合の意見根拠にもなりえない。単に、「保守的な雇用が彼らにとって最も得をすると就活生は考えている」ということである。

なお、それが結果として正しいかはわからない。私が就職活動をした1998年の人気ランキングは、ソニーやNTTだった。NTTといってもドコモのほうではなく、固定電話のほうである。そのころNTTはインターネットなんてとりくんでなかった。当時の学生は、ソニーやNTTがいちばんおいしいと打算的に考えていたということだ。

そして、当時の打算的な考え正しかったかどうかは、15年ほどたったいま、評価できるようになったといえよう。評価はみなさんにおまかせする

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2×2マトリクスで整理するグローバルマッチョと社畜と絶望の国の幸福な世界

グローバルマッチョって、グローバルとマッチョの2つの言葉の掛け合わせの造語だ。

だから、それぞれ分解してかんがえてみたら、もうちょっとなにかわかるんじゃないか。

グローバルというのは、まさに日本じゃなくて世界でたたかえみたいなのだし、日本式より欧米式マンセーみたいなイメージ。

マッチョは、これは、とにかく前進して、常にタフで競争に勝ち残らなければ幸せになれないみたいな価値観。

この2つがあわさると、グローバルマッチョになる。

さて、となると、それぞれのアンチを定義したら、2x2のマトリクスになるのではないか?

グローバルのアンチは、もちろんドメスティック。

マッチョというのを前進主義だと捉えると、アンチの概念は、ノマドとかロハスとか。

で、マトリクスをつくってみました。これで、昨今のライフスタイル論が全部カバーできた!かな?

mcho1

 

以下解説。

①がいわゆるグローバルマッチョ。

グローバル資本主義の権化、このままではニッポンは立ち行かなくなる。世界がフィールドだ、中国やインドのスーパーエリートと伍してたたかえ、世界と競争しなくてはいけない的な。

ハーバードMBA、ダボス会議、グローバル・スタンダード・・・対外の勢いあるキーワードはここに当てはまる

②は、半沢直樹の世界だ。

昭和的前進主義の復活。ニッポンの復活。グローバルなんてとんでもない。ニッポンNo1。グローバル・スタンダードや新自由主義なんてくそくらえ、ニッポンには日本のやりかたがある!

侍・ジャパン、日の丸技術、職人技、といった熱いキーワードはたいがいここに当てはまる。

③は、ハイパーメディアクリエイターと橘玲の世界だ。

前進的な価値観は捨てて永遠の旅人なる。ニッポンはヤバイのでさっさと脱出。世界にはもっと面白いことがあるぜ!ニッポンを飛び出して、カバンひとつで世界を旅しよう。日本はヤバイ。ハヤクニゲロ。老後はマレーシアで暮らす、フィリピン移住だ。

ニッポン脱出、海外生活、デュアルライフ、永遠の旅行者、海外資産運用、香港HSBC、あたりはこのへん。

④は、絶望の国の幸福な若者たちだ。

前進的な価値観には染まらないが、日本の文化や仲間やふるさとが大好きだ。出世だけの社畜なんてまっぴらだ。仕事ではなく、ぼくらは仲間のために生きる。お金なんてそんなにいらないし、150万円でぼくらは自由にいきていく。

仲間、絆、地域、コミュニティ、評価経済、シェアハウスといったキーワードはここ。

という感じです。

いろいろ突っ込みくださいな。

 

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終身雇用ありなしx社畜ありなしのマトリクスで整理するブラック企業論のすべて

今日のツイッターでは、今野氏をはじめまたブラック企業の話が盛り上がった。ブラック企業については、城氏が指摘するこの記事がほぼすべてであろうとおもう。私もこの意見に賛同する。

そこで、こういった状況をまとめて、非常にわかりやすいマトリクスにした。
これを見ればブラック企業論がたちまちにわかる(はず)。

なお、この記事を公開後、今野氏より、このマトリクスは今野氏が雑誌に掲載したものと一緒だという指摘*1と、ブラック企業のところは今野氏の本に同様の記述がある旨の指摘*2をうけた。
このマトリクスは朝の議論をよんで、先ほど考えたマトリクスであるが、同じものが以前発表されているということは、もうこの話は私が知らなかっただけで、当たり前のフレームワークなのかもしれない。

名称未設定まずマトリクスの横軸を説明しよう。

横軸は、「雇用の保障」。一言で言って終身雇用を提供するかしないかである。

マトリクスの縦軸は、「労使における人事権の強さ」だ。人事権の強さといってもわかりにくいので、社畜を強要できるかいなか、と考えればよいだろう。ようするに、サービズ残業や、過剰な残業、職務外の行事への参加、職務外の仕事や配置の転換や転勤といったものを命令できる強さがあるかどうか。
強いは、社畜型の労働の企業。弱いは、契約が優先されるドライな関係だ。

これでマトリクスをつくると、企業を4つのタイプにわけることができる。*注

解説しよう。

①日本型雇用
このタイプの企業は、他のどんなことよりも雇用を守るということを優先して考える。終身雇用がまもられるなら、他のことは少々我慢してもいいでしょう。とにかく雇用を守ることを全てに優先しましょうというのがこのタイプ。

その不都合というのは、つまり、城氏が指摘しているように、「我々日本人は、長時間残業や有給取得率の低さ、全国転勤といった就労条件の劣悪さと、終身雇用という有難味を天秤にかけ、全体としては後者を選択してきたとも言える」ということだ。

もちろん労働条件が良いに越したことはないが、採用した社員を全員定年まで雇うのは容易なことではない。解雇できないということは、人員調整をしないということだから、暇な時は人があまるが忙しいときも人を増やせないのでサービス残業で対応する。年1900時間の残業をしてもOKという合意を労使が結ぶ(大日本印刷)。

中高年の雇用を守りために、新卒採用を抑制したり、若年層の給与は安く抑えられる。そして、なるべく非正規や派遣に置き換える。

官庁も実はそうで、かれらの残業の度合いはブラック企業も真っ青である。その代わり彼らは天下り先、出向先、あらゆる税金をつかって自分たちの雇用を保障する。それが保障されなければ、あのような長時間労働に耐えられない。だから、政治家がいくら切り込んでも跳ね返されるだけなのである。

つまり、日本で問題になっているような労働条件の悪化は、すべて終身雇用をまもるための、苦肉の方策であり、それをうけいれても終身雇用をまもりたい企業がこの①のタイプである。

2,3は飛ばして、先に、④について解説しよう。

④米国型

これは①の真反対である。おもに米国企業がとっているような労働体型だ。
雇用については保障しません。人が足りなくなったら雇い、要らなくなったら解雇しますというのが原則である。元アップルの松井さんは、アップルに入社するときに「当社はいかなる理由であれあなたを解雇することができます」という誓約書にサインさせられたそうだ。

その代わり、決められた職務外の仕事をする必要はないし、時間外に労働する必要もない。休日に出勤する意味もない。労働というのは、会社に労働を提供する「契約」だというふうに捉えられるから、契約外のことをする義務もないし、会社もそれを命令できない。命令すれば違法である。

配置転換は拒否できる、というより、そういう概念がなく、新しい人をやとって、不要な人を解雇するので、転換する必要すらない。

人員整理ができるかわりに、労働環境については、原理原則をまもりますよ、というのがこのタイプだ。

(ツッコミとして、米国型も解雇自由は嘘だという指摘もあり正しい。米国でも工場労働者などのブルーカラーは工場の閉鎖などの事案がない限り勝手に解雇はできない。これについては最後にのべる)

以上のように①と④は、それなりにつじつまがあっている。①は、雇用を死守するかわりに他の不都合なことを受け入れる。④は、労働を契約と考えそれを順守するかわりに契約の解除(解雇)も自由である。

では、②と③はどうか?

③ブラック企業

雇用が保障されてもいないのに、雇用が保証された企業とおなじようなガマンや不都合を社員に強要するようなものだ。経営者にとってはこんな都合のよいものはない。経営者にとって、日本型雇用の都合のよいところだけを切り取ったものであり、社員にとっては悪いところどりだ*2(今野晴貴「ブラック企業」)。

経営者としては、あたかも雇用が保障されているようにふるまう。実際には社員はやめさせられたり解雇されたりすることが日常茶飯事なのだが、「正社員だから」ということでごまかしている。そして、「正社員」という言葉をうまく使い、正社員なのだから、残業は当たり前、休日出勤は当たり前、会社のためになんでもしなさいという。

そして、若いうちは修行しろということで、給与も安い。

これは確信犯的な詐欺だ。

①の企業では、雇用の保障と引き換えに労働条件の悪化をうけいれてきたが、③ブラック企業では雇用も保障されないのに悪い労働条件を受け入れざる得ない。

①の企業では、将来給与が上がることを前提に若年者の給与はひくくなっていたのだが、③ブラック企業ではそれをうまく言い訳にして、将来の昇給なんてないのに、「いつか役員になれる」とかいって、いまの給与を買い叩く。

要するに「終身雇用」「正社員」「役員」といった実際には提供できないエサをつかって、社員を買い叩くという企業だ。そしてその挙句に、いらなくなったらポイ捨てする。

なおベンチャー企業にブラックが多いのは、ホントは④米国型がいいのだが、建前上は雇用保障を目指すといったほうが人は集まるし、また経営者の技量的に④米国型の仕組みで回せるほどマネジメントが洗練されてないという事情だといえる。

②は、夢のホワイト企業だ。

残業などもなく、誰もが心地よく働けて、さらに社員は終身雇用と年功の賃金が保障される。夢の様な体制だ。このような企業が存在するのかはわからなが、かつての超高度成長期の日本企業では、一時的にこういう状態があったかもしれない。

もしくは、凄まじくもうかっている独占企業などは、このような処遇を実現できるかもしれないし、とても優秀で正義感のある経営者がこういう企業を目指して頑張るかもしれない。

もしくは、共産主義国家の公務員か。

<ブラック企業論を整理する>

ブラック企業については、いろんなひとがいろんなことを言っているが、このマトリクスをみれば誰が何をいっているのかはわかるのではないかとおもう。

ほとんどの論者はなにも①日本型雇用のあり方を問題視しているわけではない。終身雇用が実現できて、社員が労働条件をガマンできるならそれでもよい。いままではそうだった。

しかし、経済成長が前提だった①日本型雇用のありかたが、維持できなくなくなり、意図はしていないのだろうが③ブラック企業に近づいてきているのではということだ。

現在の大企業は表向きは雇用をまもるといっていても、実際は守ることができない状況においこまれて、リストラも行わざるえない。かといって、やっぱり雇用を守ることが前提だから、そのために他のことはガマンするし、労働条件が悪化するのも許容せざる得ない。

つまり、悪いところどりになっている③ブラック企業にどんどんシフトし近づいているという指摘がある*3。これが企業のブラック化だ。

この状況のなかで、「解雇規制緩和論者」の主張はこうだ。

最終的に、このマトリクスのなかでつじつまがあっているのは左上の①日本型雇用と、右下の④米国型だけである。なので、①日本型雇用ができないなら、③ブラック企業の状態を早急に解消し、早めに④米国型にシフトせざる得ないのではないか。

①日本型雇用が維持できたのは戦後の高度成長という特別な要因のお陰であり、現在では④米国型を主軸にしていくほかないという議論だ。

なお、解雇規制に反対するひとは、規制が緩くなったら、それをいいことに、もはや③ブラック企業と同然になった多くの企業が、過去の約束を保護にし、社畜を強要するだけ強要した挙句に労働者をポイ捨する行為が、加速するという指摘がある。

一方「昭和の復活」を願うひとの議論は簡単である。①日本型雇用を守れだ。どうやって守るのかはわからないが・・・もういちど高度経済成長がくれば守れるかもしれない。

さらに左翼が復活して「労働法絶対論者」に化けて出てきた。

この論者はとにかく労働法規をまもることを第一におく。ブラックの定義には、労基法違反をしているかしてないか一点に単純化される。そうすると、③だけはなく①の日本型雇用ですらブラックということになってしまう。

結局、②の夢のホワイト企業か、④の米国型しかない。ただ、4の方法では実現したくないという左翼的な前提があるらしいので、②夢のホワイト企業のみが許されるというユートピア思想になる。

そして、それができないのは経営者の心構えや資質、能力のせいだということにして、すべての責任を経営者になすりつけて糾弾する。

もちろん②夢のホワイト企業を実現できる企業も少なからずあるし、そういう企業をつくった立派な経営者もいるかもしれないが。

 <私の主張>

私の主張は、日本でも、時間外労働無制限で働く、エグゼンプトと、単純な事務処理やブルーカラー労働を提供するノンエグゼンプトに分けることだ。これが明確に分かれてないのが、日本の労働議論をややこしくさせている現況だ。

そして、エグゼンプトには、冗談のようだがブラック労働をしてもらう。マッキンゼーのコンサルタントやベンチャー企業の幹部なんかは、長時間労働であるが、決してブラックではない。かれらに労働規制はなじまない。その代わり高給だったり、上場益を享受してもらう。解雇は理由があるなしにかかわらず、自由にできる。

ノンエグゼンプトは、ホワイト労働をしてもらう。有給100%消化はあたりまえ、残業も、休日出勤もなく、雇用も基本的に保障され、育休も、産休も絶対だ。ただし、給与は低く、昇給はない。これをホワイト300ジョブとして提言している。どうやら多くの日本人に必要なのはこのタイプの仕事のようだ。

現状の大企業の正社員は、エグゼンプトという位置づけに明確にして、年功給を廃止するとともに、解雇自由にして人員を整理する。同時に、非正規雇用は正社員という立場で雇用し、ノンエグゼンプトとを適用するかわりに昇給をなくす。

*1 今野晴貴氏のPOSSE 10月号に同じマトリクスが掲載されているとのことです。

*2  今野晴貴氏の「ブラック企業」185p/第7章「日本型雇用が生み出したブラック企業の構造。

*3  日本の企業はなぜブラック企業になるのか?

(注)なお、これ以外に、ヤクザの経営する企業のような、本当のブラック企業もある(城氏の記事)。これは本当の確信犯でブラックをやっているので、これが排除されることは誰もが合意できるところであろう。

 過去に、ブラック企業関係で書いた記事です。ぜひこちらもお読みください。

ユニクロがブラックな本当の理由。キャリアの分断にみるユニクロの真の闇
ユニクロがブラックな本当の理由その2。柳井さんのしかけた<店長無理ゲー>という登用制度
「正社員」という身分制度が、ブラック労働を生んだ。
ユニクロブラック論は単純な労働問題ではない、本当の問題は採用の失敗であることに気づくべき

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日本への諦めと×お金へのあきらめマトリクスで理解する―若者の働き方4タイプ

久しぶりの投稿です。

いま流行りの働き方の論壇をメッタ斬りの本がkindleで発売されました。私も取り上げられているということで読んでみました。

「働き方」を変えれば幸せになれる? (平成日本若者論史 7)
後藤和智事務所OffLine (2013-06-22)
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年収300万、残業なし、定期昇給なしはホワイトか?ホワイト300ジョブの提案(ブログ版)

昨日つぶやいた一連のツイートがすごい反響になっています。ブログにも簡潔に趣旨をまとめておこうとおもいます。

残業が何時間超えたらブラック認定とか、年収が200万円台ならブラック認定とか、そういう数字がひとり歩きして、厚生省の登場で魔女狩りみたいなことになりそうな予感がしています。
そういうことではないのだと思うので、そこの議論に一石を投じられればとこれを書きました。お盆休みにみなさんで考えて欲しいです。

私が提案したいのは、ホワイト300ジョブというものです。

これは、年収300万円(額面)で、一日8時間で残業はありません。週休2日。有給は年間10日あり、100%消化できます。一方、定期昇給はありません。20年間同じ仕事をしても給与は上がりません。副業は問題ありません。社会保険ありで、交通費は支給されますが、住宅手当とかはありません。正社員です。雇用期間に期限はありません。

ただし終身で雇用を絶対保証するということではありません。仕事をサボりまくって、決められた仕事をこなさなくてもいいということではなく、合意された仕事はきちんとやる必要があります。

こういう仕事は、ブラックですか?ホワイトですか?

いろんな意見がありました。

年収でみれば都会でくらすにはぎりぎりの水準でしょう。これでは一家は養えない低賃金ですので、ブラックだともいう意見もありました。

時間がきめられているので夫婦ふたりではたらけば600万円となりこれなら十分ホワイトという意見もあります。

育児などでいったんやめた人にとっても、この条件で社会復帰できれば非常にホワイトという意見もありました。

労働基準法に違反しないし、最低賃金を上回っているので、ホワイト。むしろ、この仕事したいというひともたくさんいました。

一方で、このような人たちばかりでは会社がまわらない。モーレツに働くひとも必要という意見もありました。

この条件で20年ではモチベーションが保てない。条件はホワイトにみえるけど、わたしはこれで働きたくはないという意見もありました

全般的には、肯定的に捉えている人が多く、年収300万のホワイト職場というのは、多くのひとに受け入れられるのではないかというのが結論です。

かつてモリタク氏が、年収300万円時代の到来みたいな話をして、年収300万円では家族が養えないというような批判がおこったように記憶しています。しかし、時間が区切られている300万円は全然ありなのかもしれません。

前進的な価値観をもっていて、仕事をするからには年収1000万とか、役員をねらえないとやる気がおきないという人もいます。わたしも学生のとき就職するときはそうで、アップサイドをねらいました。外資系のコンサルに就職したのですが、30代で役員になるひともいて、年収も2000万以上もらえるアップサイドがありましたが、それになれるのは20人とかに一人で、しごとも激務、残業時間も100時間を超えるのが当たり前、200時間というのもありえました。労基法もへったくれもありません。

しかし、この企業ではだれもブラックだとはおもってなかったのです。仕事はきつくても、昇給の機会はフェアにあったり、スキルもみについて人材として価値はあがったからです。

しかし、すべてのひとにこういう前進的な価値観を強要するのは問題です。だれもが外資コンサルみたいに働きたいわけではないし、子供をもった女性なんかはこの働き方は無理です。そもそも、能力的にそういうことができないひともいます。

これを逆手にとって、昇進昇給のチャンスのないひとに、ニセの人参をぶらさげて、死ぬほど働けば昇進できるみたいなことをいって、無茶な働き方をやらせるのがブラックのパターンでしょう。

ブラックというのは、労働時間の多い短いや、年収の多い低いじゃないんです。

全員が幹部を目指して頑張るような前進的な仕事しかないというのが問題です。幹部を目指したくないひとにはその働き方はブラックだし、幹部をめざしたいひとにとっては逆にいうと、ぬるい仕事しかできないのはブラックそのものです。つまり価値観を抜きに、ブラックだとホワイトだのいっていてもしかたがない。

前進的な価値観の持ち主からすると、8時間しかはたらかなくて、年休もフル消化しているひとが、凄まじいパフォーマンスを発揮して、役員に抜擢されることはない、というでしょう。その通りです。そういうひとが凄い年収を得ることはあり得ないでしょう。

でも、みなさんの意見をきいてみると、それでいい、というひとが大半でした。

役員2000万をめざしたいような猛烈なひとは、長時間労働やキツいプレッシャーのなか競争してもらえばいい。そうでない人は、賃金は低くても、ちゃんと時間が守られて、趣味や副業もできる仕事がいいでしょう。

一方で2000万を目指したいいひとの気持ちも尊重してあげてほしい。こういうひとが猛烈に働くことをブラックだとか、起業したてのベンチャーを労基法違反だとかそういうことを言っても仕方ない。

私は、あえて格差をみとめることが必要だと思います。逆説的ですが、あからさまな格差をみとめないと、ホワイトな職場はつくれません。エグゼクティブに働くひととの、ノンエグゼクティブに働く人との格差を認める勇気が必要です。

格差というと言い方がわるいかもしれない。つまり、差異だったり、仕事観の違いを認める、ということだとおもいます。

私は、一連のブラック企業糾弾が、現状に合致していない労働基準法の違反を徹底的に取り締まるみたいな方向性にむかっていくことがあるとすると、残念なことになるとおもいます。(たとえば、道路交通法を全員に厳格に適用するみたいなことになりかねない)

それよりも、年収300万で、8時間労働、有給100%消化、そのかわり定期昇給はない、というホワイト300ジョブを、多くの企業につくってもらうことを提案します。

これなら可能性があるのではと思っています。企業は仕事のやり方をすこし変えていく必要があるとは思いますが、こういう働き方は可能なはずです。

ホワイト300ジョブ。みなさんも考えてみて欲しいです。

P.S.

なお、そもそも、既存の仕組みの枠外で生きるネタも考えています。カンボジアでテナント料100ドルの場所でゲリラ的な起業とか。そういう方向を探りたいかたは、ノマド研のコミュニティへのご参画をおまちしております。

 

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仕事の単価が下がり続ける恐怖に怯える人に残された4つの選択肢

昨日のエントリ、「クラウドソーシングで単価が下がっているフリーランスが大量にフィリピンに移住する未来」は、このブログ開設以来のビッグ・ヒット級のエントリになりました。みなさんお読みいただきありがとうございました。

クラウドソーシングというのは、ITをつかってリモートで仕事をする世界中のひとに仕事を頼むというものです。

これは、先進国の仕事を発注する側からみれば、新興国の人に依頼することでスゴくやすい単価で仕事を依頼できます。

しかし、その価格破壊力はユニクロみたいなもので、それに引きづられ、先進国内でクラウドソーシング対象となるような仕事(ライター、デザイン)などの仕事の単価がどんどん下がっていってしまっています。

これが問題だというのです。

が、これは一方的な見かたに過ぎません。

先進国のクラウドワーカーにとっては、仕事の単価が下がる悲劇ですが、新興国の技能をもったクラウドワーカーにとっては、新興国水準にちかい報酬を母国で得られるという貴重な機会なのです。これによって、彼らはどんどん豊かになります。

 (designclue(http://www.designclue.co/)で仕事をうけおっているクラウドワーカーの報酬の調査結果*1。 対象は、日本人8%、海外92%)

これを見れば、その意味がわかるでしょう。日本の平均賃金が3500ドルなのにくらべ、フリーランスのクラウドワーカーの報酬は1200ドルです。日本国内にいるひとは、クラウドワーキングのおかげで、平均賃金のわずか1/3くらいの報酬しか得られないのです。
フリーランスのデザイナーやライターが食えなくなっている、というのはまさにこのことです。

しかし、インドネシアの結果に注目してください。
インドネシアの平均的な労働者の賃金はわずかに239ドルでした。しかし、クラウドワーカーは836ドルの報酬を得ています。これは3.5倍です。
インドネシアのフリーランサーからみたら、クラウドワーキングは富の源泉です。かれらはITによるフラット化で、3.5倍もの高収入をえているわけで、どんどん豊かになれる。

インドネシアのひとは、いままでは国内にデザインといった仕事があまりなかったため高い報酬を得る機会がなかったか、仕事があっても国内水準にとどまっていました。しかしITの進歩により先進国からリモートで受注することができるようになり、その単価が先進国基準に近づいたのです。

日本在住者の報酬が1200ドルなのにくらべインドネシアは836ドルと、絶対値はインドネシアのほうが7割くらいの水準になっています。3割ディスカウントしても、それでもインドネシアのクラウドワーカーは豊かになります。

これは、グローバルで単価が一物一価に収斂していく、市場の典型例です。これは、先進国の人にとっては報酬の低下を招く恐怖である一方、途上国のひとにとっては、豊かになるチャンスということなのです。これを、大収斂といいます。

日本に住んでいるから、日本人だからというだけで、特別な報酬上乗せ(レント)が発生する時代ではなくなってしまったのです。

このデータをみれば感覚的にわかるように、この流れは決してとまりません。
日本のクラウドワーカーの報酬が下がっていくなか、グローバル化が原因だからということで、反グローバル主義をとって、これを押しとどめようとするのがいかに無駄であるかがわかるとおもいます。

では、どうすればいいのでしょうか。

日本のクラウドワーカーにとってはいくつかの方向性があります。

①もっと高度な仕事をする。雇う側になる。ワークから、事業への転換。
つまり、デザインの仕事であれば単発のデザインを受けおうのではく、コンセプトづくりやブランディングなどをふくめ、全体のプロデュースやプロジェクトマネジメントを請け負います。これらの仕事は、高度で付加価値がたかく、クライアントのそばにいて口頭でやり取りしたほうが有利です。極端なことをいえば、建築のたとえでいえば安藤忠雄をめざせということです。野球ならイチローです。つまり、マッチョになれと。

ライターであれば、請け負ったものを書くのではなく、自分自身をプロデュースして、自分の名前で売っていくような方向性に舵をきらないといけないでしょう。

もうひとつは、単純な仕事をするクラウドワーカーを雇う側になる。ワークではなく、事業を始めるということです。クラウドワーカーに発注する仕事を作り出すことができるような事業を興すのです。

しかし、この話をすると、「だれもがそんな高度な仕事ができるわけではないし、それはごく一部の成功者だけ」「起業できるのはごく一部」と反論されます。「全員がイチローをめざせなんて、煽るなと」

じゃあどうすればいいのでしょう?

②日本語の障壁をつかう
では、あとは徹底的に日本語にこだわるのも手です。途上国のクラウドワーカーは英語で仕事をしているとおもうのですが、日本語でしか発注できない発注主がおおい日本では、なかなかそれを活用できません。日本語の壁は大きい。

そこで、日本人クライアントだけに絞って、日本語べったりで仕事をする。

さらに、たとえば、翻訳であれば、単純なものではなく、特許の文書や政府の公式文書といったような、クオリティや正確性がもとめられて、日本語の正確なニュアンスがわからないと難しいようなタイプの仕事です。これは単価がたかくても日本人に発注する。

ただ、これは仕事の確保といういみでは有効ですが、仕事がなくならないということと、単価が維持されるというのは相関性はありません。日本人でないとできない仕事でもそこに人が殺到すれば、価格競争が起こります。ただ、途上国と競争するよりはそのカーブは緩やかでしょう。

③移住する
もうひとつの解は、究極の発想の転換です。つまり、あなたが先進国に在住しているという点がすべての元凶です。あなたがインドネシアに住めばいかがでしょう?インドネシアのクラウドワーカーと同じようにするのです。
インドネシアで、安い生活コストのメリットをあなたが享受できれば、得られる報酬はかわらなくても相対的には豊かになります。たとえば、先ほどの表にでてくる報酬でかんがえると、東京にいては毎月20万円以上赤字ですが、インドネシアでやれば、毎月6万円くらいは収益がでて、貯金ができます。
この猶予期間のあいだに、1の高度な人材になるために頑張るというのもありでしょう。
#日本で田舎で自給自足生活をして、年間コストを100万円くらいで納めれば国内にいつづけることもできるかもしれません。
 (日本人でも実際に実際に移住してやってるひともいます。ただあまり外にでてきたがらないのですが。そういうひとの話を聞きたいひとは、私のオンラインサロンのほうでクローズでやってますので、入会して発言してみてください)

④祈る
ここまで危機感をあおっても、変わりたくないという言い訳をならべるひともいます。
「全員が高度な仕事ができるわけではない、才能がない」
「グローバル競争反対!行き過ぎた資本主義は修正されるべき」
「日本に居たい、親や子供の事があるから地元をはなれることはできない」
つまり、何も変わりたくない。行き過ぎた資本主義がわるい。自分はいまのままでも、周りがなんとかして食えるようにするべきだ。
福祉のイデオロギーとしてはよいと思いますが、結果は政府次第です。
寒いのが嫌でも、冬はやってきます。そして準備をしないと凍死してしまうでしょう。

*1 世界中のフリーランスデザイナーの実態を調査した“クラウドソーシング白書2013の第2弾”を発表 〜世界最前線のワークスタイルのリアルをお届け〜

 

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クラウドソーシングで単価が下がっているフリーランスが大量にフィリピンに移住する未来

今日はあさから、クラウドソーシングの話がもりあがっています。

新興国などの賃金が安いところに、クラウドソースという話が、日本の雇用についてどういう影響があるかといったようなそういう系のもの。

日本ではそれによって仕事を失っているか、もしくは単価がどんどんさがっていってしまっている人がいて、窮状をうったえています。

これは日本独自のはなしではなく先進国すべてでおこっていることです。とくに言語障壁のないアメリカはひどく、英語ができる大量の新興国の人によって彼らの仕事が毎日なくなっています。

日本の英会話教室にいた大量の英語教師がどんどん失業してフィリピンオンライン英会話におきかわっています。まず最初にこういう代替がおきているのは英語のしごとです。

さて、こういうことがおきると、どうなるか。

先進国の一部の仕事はどんどん単価がさがり途上国水準に近づく

新興国の一部は先進国によりちかい単価でしごとをうけ、どんどん豊かになる

つまり、先進国が貧乏になり、新興国がゆたかになる。世界全体で見ると最適な生産になるので、世界全体の富は増えます。

かつては、仕事が国境に閉じていたために、こういうことはなかったわけです。英会話教師は日本にきて仕事をしなくてはなりたたなかった。

国境を開いたのはいわずもがなIT技術です。ITが世界をフラット化するというのはこういうことです。

これはいわゆるモノの交換、貿易でないことに注意してください。直接仕事が海外にいってしまうのです。これが、グローバル化とよばれているものの本質です。

しかし、個々に問題があります。多くのモノやサービスは国内にとじているため、国内の物価というのは容易にフラットにはなりません*1。日本の物価水準と、フィリピンの物価水準は3倍くらいちがいますが、これがすぐに解消されることはないでしょう。

一方で英会話とかITの開発など、オンラインだけですむしごとは、国境をすり抜けます。

この結果、

○途上国で、オンラインだけで済み、先進国から受注できる人は、

 報酬が増え、そして自国の物価はやすいままですから、激しくよい暮らし向きになります

○先進国で、オンラインですんでしまい、新興国のひとに仕事をうばわれているひとは、

 報酬がへって、そして自国の物価は高いままなので、どんどん悲惨になります。

簡単な理屈です。

ではどうすればいいか。ひとつは、TPP反対とか、非正規社員を正社員にとかいっているようなひとの方法で、つまり、

・新興国へ仕事が流れるのを食い止める(グローバル化反対)

・政府による価格維持政策をしろ、もしくは価格が下がった分は補助しろ(助成金)

というものです。

しかし、これは孤立をまねきます。日本国政府が無限にお金があれば可能ですが、いずれ行き詰まります。

だからどうすればいいのか、皆悩んでいるということで、答はみつかっていません。

しかし、論理的にかんがえたら、回答はひとつでしょう。

ようするに、仕事がグローバル化によって影響をうけているのに、自分は地元に張り付いているというところに根本のギャップがあるのです。

仕事がグローバル化しているならば、自分もグローバル化するしかない。

つまり、

・新興国に引越し、新興国のやすい物価水準でくらしながら、

・母国から、ネット経由で仕事をもらう。

こうやると、たしかに日本にいたときよりもかなり安い単価になるとおもいますが、それでも新興国のおなじようなことをしているひとよりも、日本人だからということで数倍の報酬はもらえるでしょうし、日本にいるよりも圧倒的に暮らし向きはよくなるでしょう。

欧米ではすでにこうしているひとがかなりの数がいます。もう母国にいたら暮らせない。私がすむベトナムでも、イギリスやオーストラリア、フランスといった国からきた人々がいて、母国からの仕事をネットでうけて暮らしています。こういったひとを、英語圏では<デジタルノマド>、というように呼ぶそうです。私は、オフショアアウトソーシングの逆なので<逆オフショア>とよんでいます。

まだ少ないですが、いずれ、ネットで仕事できる制作系のひとが、大量にフィリピンやマレーシア、インドネシア、ベトナムといったところに移住する日がくるでしょう。

 (日本人でも実際に実際に移住してやってるひともいます。ただあまり外にでてきたがらないのですが。そういうひとの話を聞きたいひとは、私のオンラインサロンのほうでクローズでやってますので、入会して発言してみてください)

このようにして、いままでとは別の理由で人が地域を超えて動いていきます。そういう理由で動くひとを、経済学者のアタリは遊牧民から借用して<21世紀のノマド>とよびました。<21世紀のノマド>に注目すると、これからの動きや雇用が見えてくるはずです

●続編を書きました フリーランスワーカーに残された4つの選択肢 http://nomad-ken.com/2160

p.s. 「まずお前が移住してから言えよ」みたいな嘲笑するコメントがありまして残念でした。先入観はよろしくありません。というのも、わたくしは、すでにベトナムに移住しているからです。

*1 こちらのツイートを参考にさせていただきました

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「正社員」という身分制度が、ブラック労働を生んだ。

ブラック労働しているひとはみんな「正社員」です。

派遣社員やアルバイトは、そこまで会社のことを思ったりして、はたらきませんよ。
アルバイトだったら、「サービス残業?え、俺、時給ではたらいてるんですけど、アフォですか?」って一蹴されるでしょう。

ブラック労働って、ようするに、「安心」「解雇しないよ」「終身雇用」とかいう正社員の幻想をちらつかせて、それで、「正社員」なんだから、「正社員の地位をおどかされたくなければ、サービス残業も、ブラック労働も厭わずにやれよ」ってことだよね。

だから、「正社員」の幻想をもったひとが、この罠にはまるんだよ。

いままでずっと派遣だったり、就職がきまらなかったりする人に対して、「正社員」で採用してあげるよーという、甘い汁を提供する。

そこで、パクってくらいついた「正社員」に、ブラック労働させるわけ。

・正社員なんだから、残業あたりまえ。
・正社員なんだから、キツくて当たり前。
・正社員なんだから、給与がすこしくらい低くても我慢しろ。
・正社員なんだから、会社の方針にしたがって当たり前。

とかいって、ブラック労働させるわけ。

特定派遣のなばかり正社員なんかそうでしょ。実態は派遣なのに、正社員って名前がなくなることを恐れるから、ああいう働き方でも我慢する。

もちろん、非正規社員でもブラック労働しているひともいるのは知ってる。でもその人だって、

・ブラックに働けば、いつかは正社員に
・残業とかあれなのはしっているけども、それをいうと、正社員への道がとざされる

とかで、結局、正社員を釣りにしてるんじゃないのか。

でも正社員でも、終身雇用とか安全安泰とか、働かなくても食えるとか、席で新聞読んでるだけで年収1500万とか、嘘の病気で3年間やすんでも給与が殆ど支給されるとか、そういうお花畑みたいな世界はないわけで。

派遣労働や、非正規労働の拡大がブラック企業を生んだ → バイトはブラック労働してないし

非正規をなくし、全員が正社員になればブラックはなくなる → あまり変わらないか?むしろ増えるんじゃ・・

なんでもかんでも、非正規の話にすげ替えるのはやめようよ。

問題は、正社員というのが、身分制度になってしまっていること。やっている仕事とは関係なく保証されるところに、問題があるわけで。みんながその身分が欲しくて「正社員」になろうとしている。
ブラック企業からの誘いって「おまえを武士の身分にしてやる。だから、ありえないくらいの滅私奉公して、お前はなんでもやれ」みたいな話だよ。

でも、武士はもう幕末のように落ちぶれているんだ。

だから、今後どうするのか。
武家制度を何としてでも守るか?
僕は、四民平等にしたほうがいいとおもう。

武家以外のひとにとっては、四民平等のほうがメリットおおきいとおもうけどね。

でもみんな武士にしろ、もしくは、自分だけは武士にしろっていう人が多いんだよね。武家以外のひとも一枚岩じゃないんだ。抜け駆けして武士になりたいひとがいるから、はなしがややこしいんだよな。

<参考書籍>もちろん、そういうのとは別に貧困層ってのがある。下層ノマド。これはグローバル化による単純労働賃金のアービトラージなんだよね。また違う話だよ。

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大学は就職予備校ではないのだから、卒業しても就職できないのが当たり前と考えよう

就職シーズンだなぁ。

今日もツイッターに、息子が30社も会社をうけたけども、さっぱり受からないという悲痛の親のツイートが流れていた。たいへんだなぁ。

しかし、大学の授業は、就職にはさっぱり役立ちませんね。

文系の大学は言わずもがな、技術系の大学でもそうなんですよ。

たとえば、電気通信系の大学でキャリア指導をしているひとがいっていたんですが、この大学は「電気技師・設計者」みたいなのを想定してカリキュラムがくんであるわけですが、そういう仕事はどんどん減っているんですね。

電気系の機械みたいなのを設計するような仕事を想定しているらしいんですが、あのNHKでやっている高校生のロボット対戦みたいなやつとかあのテイストのものを設計したり。

でも、もはや、そういうののメインの技術は、動かすソフトウェアのほうにいっているわけで、この分野も結局、水辺分業なわけですなぁ。昭和的な匂いのする設計開発みたいな仕事につけるのって、何百人に一人?でもそういうのを目指す教育を毎年何千人に施しているわけです。(だから確率的に10人くらいそういうのになれるんですけれどもね)

要するに、大学は時代に合わないものを量産しているわけです。

美術大学なんて最たるものです。年間に何千人もの美大生が卒業しますが、美術でくっているひとは殆どいません。

油絵学科とか、彫刻学科とかがありますが、油絵・彫刻で食える卒業生は、まあ1万人に一人くらいでしょうか。

まだ建築学科ならいんですよね。
※twitter返信によれば、建築学科の実態もひどいらしい

こんなこと言うと、「大学は、学問をするところだ!」とお怒りになるひとがいます。「大学は就職予備校ではない!」って。

その怒りわかります。就職予備校ではないんです。大学は崇高な学問をするところ。

ヒッグス粒子とか、ケーラー多様体におけるホッジ群とか、江戸時代のかんざし文化の発展とか、六条の御息所における女性論とかを一生懸命学問するところです。

なので、大学というのは、学問をするところでよいのです!
(↑著者注:念のためいっていくけど、皮肉ですから・・)

大学は、学問をするのが本来のすがた。おもいっきり学問しましょう。
だから、当然だけど、卒業しても、実社会には役立たないし、就職できないのは当たり前です。 

 「大学は学問をするところである」 → 「卒業しても就職できないのは当然」

 「大学は社会で役立つ技能を予め身につける職業訓練所」 → 「卒業したらそのテーマの職につける」

どっちがいいかなぁ。

私からは以上です。そんじゃーね。

・・・だとあまりに酷いので(笑)

いちおう、いっておくと。ヒッグス粒子とか、ホッジ群とかやるのは東大だけがやればいいんです。スーパーエリートで、スーパー頭がいいひとは、人類の知の未来の為に、学問をやるべし。

でも偏差値40とかの大学では、n次元多様体上のホッジ群なんてそもそも理解できないし、かといって一生懸命六条の御息所の生涯について語っても、ほとんど意味が無いわけです。そういうひとは、もっと実務的なことやりましょうよ。食べていくためのことを学ばないと。

大学はごくごく一部の国際競争力がありノーベル賞を排出できるようなトップ大学を除いて、ほかは職業教育学校でいいと思います。

あ、そんなガチじゃなくて、ゆるーく、六条の御息所について語り合いたい?そうですね、そういうサロンみたいな大学もあってもいいかもしれません。サロン的な学問みたいなのってあるし。お金持ち専用ですね。やんごとなきかたは、魚やナマズの研究をされていらっしゃいますし。

要するに学問は才能があるか、お金があって仕事する必要がないひとがやるもんです。

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ローカル人材、グローカル人材、グローバル人材の違いが説明できますか?

ローカル人材、グローカル人材、グローバル人材の区別がついていないので、昨今のグローバル人材論が混迷を極めている。

日本企業の定義するグローバル人材の正体は実は、グローカル人材である。

グローカル人材というのは、日本と、現地(中国とかタイとか)をつなぐような人材のことで、日本のことをよくわかったうえで、海外で活躍するような人材だ。現地に生産工場をつくってそれを指導したり、現地の人とうまくやりあいつつも、本社の意向をきいて、うまく間を取り持つような人材だ。

これは、一般にはブリッジ人材と呼ばれている。

たとえば、ブリッジSEという言葉がある。日本の顧客が発注主で、開発がインドだったりする場合に、その間をとりもって、日本のやり方と、インドのやり方のあいだでうまく調整してプロマネするような人のことをいう。これがブリッジ人材。

日本企業のいうグローバル人材とは、ようするにこのブリッジ人材のことである。

一方、グローバル人材というのは、非常に簡単にいえば、多国籍の文化も考えも違うチームを率いて、複雑な問題を解決できるような人材だ。

グローバル人材についての議論がこじれるのは・・

日本企業の用語ではグローカル(ブリッジ)人材を、グローバル人材と定義している上、グローバル人材(多国籍人材)については、日本企業には不要だからだろう。なぜなら日本企業の本社は日本カルチャーで運営されていて、多国籍でもなく多様性はないからだ。

以下に、その3つの違いを説明しておく。

<ローカル人材>
現地の商習慣、言葉、文化を理解し、現地の発想が身についているひと。現地の人のコミュニケーションして現地の人が満足するような形で提供できる。現地の発想で、現地の人が欲するようなものを作ることができる。
ぐだぐだ書いたが、要するに、その土地ネイティブの人のことだ。
日本だったら日本人、中国だったら中国人のことである。

<グローカル人材(ブリッジ人材)>
日本と、現地の間をとりもち、その間の言葉や文化的差異をうまく調整して、よろしく計らう調整役。現地の文化と、日本の文化の両方を知っていて、その翻訳・調整ができることが大事。

中国進出、インドネシア進出、アウトソーシングの依頼など、主に、「進出」や「外注」するとときに必要となる人材

なので、インドにシステムを発注するならインドの異文化の理解が大事で、タイに工場をつくるならタイ人と上手くやっていけることが大事で、その上で、日本文化の理解もできないといけない。

現地のひとをうまくハンドリングできることが求められる一方、日本本社の空気をよんでうまくやらないといけない。

インストール・インストラクター人材

ブリッジ人材のように見えて、2国間の文化をつなぐ(ブリッジ)を全然してない人材もいる。つまり、現地に日本式をインストールする人材だ。
現地のやりかたとのブリッジをするのではなく、日本のやり方をトレーニングして教えて、そのとおりにやってもらう。これは現地の文化とのブリッジではなく、一方的に英語で日本式をトレーニングするだけの人材だ。これは、単に英語が喋れるインストラクターにすぎないが、このようなインストラクター人材を日本企業はグローバル人材と称して多数欲しがっているので、嘆かわしい。

<グローバル人材>
個々の国や地域の事情を超えたレベル、複数の国や地域をまたがって発生する事柄を解決する人材。
多国籍のチームを率いて、問題の解決に当たることができるひと。たとえば日本人がリーダーをする、フランス人、中国人、ドイツ人、イスラエル人の6カ国、混成プロジェクトがあったとしよう。それぞれの国の文化や、やり方に精通するのは不可能である。仮に6カ国の文化がわかっても、どう調整するというのか?日本人がリーダーなのだから、日本式にあわせてもらうのか?ノーであろう。

そこで、どれかの文化背景に依存するのではなくて、お互いの行動様式が違うのを前提に、それでも合意できる普遍的な枠組みで物事を進める。ビジョン、ロジック、合理性、透明で公正なルールといった文化非依存の普遍的な動機で組織を動かし、問題を解決できる。

(この仕事のやりかたは、もともと多民族のひとを束ねて文化非依存のやりかたを培ってきたアメリカの経営者やリーダーの仕事術と、結果としてほぼイコールということになる。)

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英語が出来るグローバル人材の社員がまったく使い物にならないという話が勘違いも甚だしい件

大研究 なぜ日本の企業はこんな採用をしているのか ユニクロ・楽天・グーグルほか 急増中!「英語ができて、仕事ができない」若手社員たち(現代ビジネス)

という記事がバズっているようだ。

「A君は、グローバル採用という制度を利用して、ボストンで採用されたUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の卒業生でした。その肩書通り、確かに英語はペラペラで、TOEICの点数も同期40名のうち、トップの940点だった」

 当初A君は、同期だけでなく、上司からも「あいつのスペックはすごい」と期待されていた。しかし、入社後まもなく始まった、研修センターでの集団行動からボロが出始めた。

「まず、敬語がまったく使えない。研修担当の社員に注意されると『向こうには敬語がないから』と言い訳し、ふて腐れる。会議中にも、『頭の中では英語で考えているから、日本語がすぐに出ない』などと言っては周囲をいらつかせ、夜の宴会で社員から『ウーロンハイを作ってくれ』と言われると、『ぼくは店員じゃないです!』とキレるといったありさまでした。上司からの評価もガタ落ちです」

「グローバルかぶれ」の典型のようなA君。研修を終えた後は、島根配属が決まった。しかし、彼にはそれが我慢ならなかった。「俺はグローバル人材だ。田舎の中小企業のおっさん相手に営業をするために入社したんじゃない」と言い放ち、島根の地に一歩も足を踏み入れぬまま会社を去ったという。

といったエピソードがあるが、もう頭が痛くて、どうしょうもない。

グローバル人材が、日本の文化がわかってないから使えない。日本の慣習や、日本の団体行動とか、敬語がわかってないから使えない。そういう論調。これがグローバルかぶれ?

当たり前じゃないか?

論点を非常にシンプルにいうと、日本にいて、日本市場むけに日本のお客さん向けに仕事をする仕事は、「日本ローカル」の仕事だ。日本ローカルの仕事をするには、英語はいらないし、グローバル人材は不要だ。

グローバル人材は、グローバルな仕事につかせてこそ活躍する。グローバル人材に、日本ローカルの仕事をさせても、仕事ができないのは当たり前だ。

グローバル人材が、日本のローカルな仕事に就職してしまうと、たいへんな目に遭う。グローバルかぶれなのではなく、グローバル人材だからこそ、日本の仕事につかせたら活躍できないのである。

日本のローカルでは、日本のスペシャリストがもとめられている。
すなわち、日本人の気質や、日本人ならではの行動や、飲み会や、団体行動などに精通し、見事な営業ができたり、気配りができたり、他人の仕事も手伝ってあげて協調性のある行動をするようなひとが、「仕事ができる」ということになる。つまり、よくできた日本人のことだ。

実はこれは外資系でもそうだ。外資系の日本法人ですら、日本のお客さんを相手にする場合は、敬語をつかって、飲み会もやるし、お客さんの日本人ならではの微妙な空気を読んで根回しなどもする。これは文化の違う外国人にはむずかしいことので、日本法人において、日本のお客さんの担当は、ほとんどが日本人が担っている。日本人相手の営業職は、日本人が最適なのだ。

これは、他の国のことを考えたらわかるだろう。
日本の会社で仕事ができるといわれる日本人を、中国の会社が採用したとしよう。しかし、中国の独特のメンツの建て方や、人間関係で動く力学、中国的な根回しの進め方や、彼らの文化に則った接待の作法などの「中国式」に精通してなければ、いくら中国語がぺらぺらでも、しごとにならないのは明白だ。「あいつは日本ではNo1とか言ってるけどお笑い種で、中国のことはなにも知らない日本かぶれ」っていわれるオチだ。

同様に、「日本式」「中国式」は、「アメリカ」にいったら通用しないし、「アメリカ式」は「アラブ」では通用しないだろう。あたりまえなのだ。

つまり、「ローカル」に根付いた仕事は、地域の文化や習慣に密着しているので、それぞれに精通してないとしごとにならない。そして、たいがいはそれに精通しているその国のひとがする仕事なのだ。営業職などは最たるものである。

だから、さきほどのUCLA卒業のまるで日系アメリカ人みたいな人材を、こういう「日本ローカル職」に当てても機能するわけがない。

一方で、ローカルな習慣がわからなくてもできるしごとがある。それがいわゆる国籍を選ばないグローバルな仕事だ。

グローバルな仕事というのは、たとえば、グローバル視点での経営戦略、企画、組織戦略、ファイナンス、基礎研究開発、グローバル調達、グローバル人事、みたいな話だ。ようするにグローバル本社の仕事で、これらはどの国籍・文化のひとがやっても問題ない。

これらの仕事は、英語ができればよくて、日本語を知っている必要はないし、各地の文化や根回しに精通してなくてもできる。こういう仕事がつまりグローバルな仕事である。

たとえばgoogleで検索システムの基礎アルゴリズムをつくる仕事に、日本人的な文化や団体行動や根回しやウーロンハイをつくれるかどうかなどは全く関係ないし、それはインド人でも、中国人でも一緒だ。

グローバルな人材は、ようするに、グローバル本社の仕事のようなタイプのものを英語で行うような形で教育されている。UCLAのその人も、グローバル・スタンダードな仕事の場所でやったらちゃんと活躍できたのだろうに。

要するに、グローバルな仕事をグローバル・スタンダードで行うようなところしか、グローバル人材はいらないのである。

もし、そういうものがその会社になくて、日本式で意思決定するような本社でしかなければ、グローバル人材は、そもそも取ってもしかたないのだ。

これ当たり前すぎる話。

ちなみに、だから、日本企業は本当のグローバル人材を採用できないし、活用もできない。

なので、日本企業の独自の定義による括弧付きの特殊な “(グローバル人材)” なるものがもてはやされるのだろう。

このローカルと、グローバルの仕事の切り分けについては、よく理解しておいたほうがいい。とくにシンガポール勤務とかでも、それがアジア全域を統括するようなグローバルな仕事なのか、それともシンガポール国内、インドネシアやタイなどのアジアの個別市場むけのローカルの仕事なのか、それによって求められるスキルも大きく違う。

しかし、大概のばあいはごっちゃにされて議論されている。
そのあたりは、拙著で、グローバル-リージョン-ローカルという3段階の仕組みと、それぞれどのような人材が必要で、活躍できるのか、といったことをちゃんと議論した。
まともな議論をするためには、このあたりの認識をあわせてほしいとおもう。

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<関連書籍>

なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか―世界の先進企業に学ぶリーダー育成法
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世界同一賃金のウソホント。ユニクロ店長の仕事は、決して100万円に均一されない

ユニクロが世界同一賃金というのを導入というので話題になっているので、私も遅くなったが簡潔に分析を。

世界同一賃金という考え方は、ある。

これは、世界で同一賃金にしたい、という願望ではなく、市場原理がそうさせている。

簡単にいうと、世界のどこでやってもいい仕事は、世界の相場で賃金が同一になる。

世界のどこでやってもいい仕事、移動できる仕事は、グローバルに一物一価に収斂するということ。

大収斂(グローバルでの価格収斂)とよばれる現象だ。これは、賃金でも例外ではない。

たとえば、ヘッジファンドなどはその典型で、かれらは世界のどこで仕事をしようがかまわない。どこでも仕事をしていいのだから、世界中からその仕事ができる人材があつまる。

ヘッジファンドマネージャーの給与というのは、成果報酬で20%程度ときまっている。インド人だろうが、イスラエル人だろうが、米国人だろうが、中国人だろうが、その報酬はかわらない。そしてかれらが、本拠地をロンドンにおこうが、NYに置こうが、ケイマンにおいて、実際は香港で仕事をしてようが、モナコあたりで仕事をしてようが、どこで仕事をしていても同じ給与水準だ。

ユニクロの経営陣のような、世界トップクラスの経営人材というのも、相場がきまっている。年収2000万とか3000万では絶対にきてくれない。世界トップのCEOを雇おうとすると20億とか30億とかのお金が必要になる。

要するに、プロのスポーツ選手と一緒だ。世界のどこでも活躍出来る人は、世界の最高水準(たとえばメジャーリーグの給与)水準にむかって、報酬は収斂する。

これは、下ものほうも一緒だ。世界のどこでもできる単純作業(単純な組立工場)というのは、世界でもっとも賃金が安い場所にむかって移動し、賃金もそれに収斂する。

私の最新刊でも書いたが、これからの仕事は、世界のどこでやっても構わない仕事というのがキーワードになり、それは、高度な頭脳労働の部分と、単純作業のふたつ。つまり上と下が、国の中にとじこもらずに、外にでていって、世界の賃金水準にあわさっていく、ということだ。

(そういう流転し、移動する仕事を”ノマド業務”と定義しているが、ノマドがつくと反射的にディスりたくなるひともいるので、そういうひとは脳内で適当に他のことばに変換してほしい)

なお、世界のどこでやってもいい仕事がある一方、国内でしかできないしごともある。
店長のというのは、実は、絶対に国外に流出しない職業だ。グローバルな競争や、グローバルな賃金にあわしていくような競争にまきこまれたくないなら、徹底的にドメスティックな仕事につく必要がある。

ドメスティックな仕事とは、つまり、世界のどこでもできるのではなく、日本にいないとできない仕事のこと。つまりサービス業全般であり、介護だったり、飲食店だったり、マッサージ師だったり。

店長の仕事もそうで、店舗での販売の仕事は当面なくなりそうもない。そして、日本で雇用されている以上、日本で生活できないようなレベルの賃金では人はあつまらない。
ユニクロは、店長の仕事も100万円で統一すると言っている。これは、ムリである。日本国内の仕事なのだから、日本国内で、最低でも生活できるような賃金ははらわれる。250万とか300万くらいだろうか。

低い?それはまた別のはなしである。
よく誤解されるのだが、
「日本に必ずのこり、今後も、国外流失しない職業に就きたい」
という人がいる。そういう仕事は必ず、ある。何度も言うように、店長や、看護師、マッサージ師など。そして、その水準は国外の影響は受けない。
だからといって、その仕事が、国内の他の人にくらべて高いものがもらえるかというとそうではない。そこは勘違いしやすい。
最後まで国内での雇用はあるが、その賃金が、他の職業よりも高いという保障はどこにもない。

<参考書籍>

21世紀の歴史――未来の人類から見た世界
ジャック・アタリ
作品社
売り上げランキング: 9,401

ノマド化する時代 (ディスカヴァー・レボリューションズ)

アタリの本は難しいので、噛み砕いて、仕事の移転やそれにともなう労働力の移転、賃金の収斂現象について、わかりやすく解説している。本書の1章「アタリのノマド論」、3章「ノマド化する業務とノマド民の大移動」の部分がそうである。

 

 

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ライターを目指す君、電子書籍で食いたい学生が居るなら、出版業界を目指すべきではないということ

 

先日からの電子書籍業界ネタの続き。意識が高い(笑)本好きは誰かというブログで、返答をいただき、感謝です。さらに、私から返答したいとおもいます。

彼らからすると、沢山の「優」や鬼ゴネがないと入れない既存媒体ではなく、これから有望と思われる電子書籍の世界で働いてみたいといったところなんでしょうか。

ということなのですね。

ところで、本気で、電子書籍で一山当てようとおもっているけど、ぜんぜん勘所がつかめないので、一度企業にはいって修行したいという学生がいたとしましょう。

何処に入るのがいいか?

沢山の「優」や鬼ゴネがないと入れない既存媒体で、修行をつむといいのでしょうか。

むしろわたしは、既存の出版業界にははいらないほうがいいと思う。どうしても、既存の出版業界は、紙の概念にとらわれている。それは紙とkindleいう印刷媒体の違いというレベルでは超えられない壁です。

どうしても、出版社等は、本の発想がついてまわってます。
しかし、電子書籍の肝は、本ではなく、デジタルコンテンツ販売であり、デジタルメディアにおいて、ある作者という芸に秀でたひとのもっているコンテンツを、どのようにマネタイズしていくかということがポイントです。決して彼の本を企画したり、原稿を編集したり、本を売という、個別の発想ではカバーしきれない。違う視点が必要なんです。

電子時代のコンテンツホルダー(著者)は、本でも稼ぐし、セミナーもやれば、映像コンテンツも作るだろうし、ニコ動もやるし、メルマガもやるだろうし、さらに別のメディアもでてくるとおもう。

しかし、既存の出版社にはいると、頭のなかに既存の出版の概念をたたきこまれる。これは百害あって一理なしだ。

ちょうとインターネット黎明期、ヤフーが登場しはじめたことに、NTTに入って電話網の経験をつんでから、インターネットをやろうと考えるのと同じくらいに愚かしいことだとおもいます。

電子書籍を学びたいなら、ネットのコンテンツ会社にはいるのがいいとおもう。

ドワンゴ、BLOOS、アメーバのサイバーエージェント、GREEやモバゲー、その他ゲームの会社もコンテンツ課金であり、これらのモデルから非常に学べるところはおおいとおもう。
絶対に避けたいのは、大手出版社。さらに最悪なのは、新聞社です。新聞社だけは避けなくてはいけません。

それから、ライターの単価が下がっているという話しがあった。ライターは食えるようになるのか?たとえば総合週刊誌とかだと90年代からゼロ年代前半ぐらいまでなら、1ページ原稿料が3~5万円くらい出ました。だから10ページの原稿書くと、30~50万円、まあ10ページも書かせてもらうことはほとんど無いけど、4ページでも12~20万円になり、貧乏ライターでもカツカツ1ヶ月くらいの収入になってる感じではあったんですね。

その収入が途絶えつつある。そしてネットメディアはどうかと言うと、1本書いて1万2000円~1万5000円なんですよ、標準的にはね。1ページじゃなくて1本ですよ。だからどんなに分量を書いても、1万5000円。これでは生活はできません。

http://www.pressa.jp/blog/2013/04/ob.html

紙の時代のライターというのは、一種の雑誌の記事の制作の下請けとほぼ同義。これがネットになったら食えなくなるのは正しい。だから、下請けライターという職業は消滅するとおもう。

なので、紙の時代と同じように、誰かから発注をうけて書くという意味での受託ライターをいまから目指そうとしているのであれば、「やめなさい、その仕事はなくなります」と忠告したいとおもいます。

一方で、コンテンツホルダー(著者)と考えたら、いままで、きめられた原稿料で雑誌にかくしかなかったライターは、電子化で、とてつもなくマネタイズの方法論が増えたといえます。

そのうち億単位の稼ぎを叩きだすことも可能になってくる思います。めちゃくちゃ美味しい。
著者ウマウマ~の時代がやってくると思ってます。がんばるぞ。

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もしキャリアで悩んでいるなら、多様なキャリアのチャンスを知ることによって、もっと生き生きと充実した人生を送ってもらいたい

海外就職というと、多くの人のイメージは、英語がしゃべれるすごい人材が、海外でさっそうと活躍する、といったイメージかもしれません。自分にはチャンスがないや、そういう人にはなれない。と考えるのが普通かと思います。
私もそういうイメージだったのですが、調べていくうちに驚愕の事実にぶち当たりました。
なんと、日本で働くより、海外のほうが就職が簡単。日本で仕事探しをしているひとはなんだったのか・・・w。
この話をすると、全員が「嘘」だ、と全否定から入ります。
そんなことが本当だったとしたら、自分の日本での苦労は否定されてしまう・・・
自分が否定されそうになることは全力で否定するのが人の性です。

でも本当。海外のほうが多様なチャンスがある。
キャリアで行き詰っていて、日本のレールから外れちゃったり、日本のレールにうまく乗れずに、すごく悶々としていたり、日本でのキャリアに閉塞感があるひとこそ、海外での仕事はおもしろい。

もっと視点を広げて、既成の概念をとっぱらえば、もっといきいきと生きられるのに。

そうおもって、この本を書いた次第です。

まえがきは、共著者のもりぞおさんのページに掲載されているので、ぼくのほうはあとがきを掲載しました。ぜひ、このあとがきを読んでください。そして、心がすっと楽になったら、ぜひ本文(本)のほうも読んでほしいです。
この本が多くの悩める日本のビジネスパーソンにとって、良きヒントになりますよう。

著者より

普通のサラリーマンのためのグローバル転職ガイド
大石 哲之 森山 たつを
東洋経済新報社
売り上げランキング: 3,812

あとがき

「先が見えない」

これが、いま多くの人が直面している悩みではないでしょうか。目指すところが見えない、先が見えない。どうやって努力していけばいいのかわからない。

これまでのキャリアパスは簡単でした。大学を出て、なるべく大きな企業に新卒で入社し、その中で出世して、定年まで勤める。キャリア設計としては簡単です。簡単という表現は、ある意味で選択肢が非常に少なかったということを意味しています。一昔前までは転職も一般的ではありませんでしたし、海外で仕事をすることもごく一部の人をのぞいて想像がつかない世界だったと思います。

日本に生まれて、日本の大学を出て、日本の大企業に入って、定年まで勤める。その間に、結婚して、家を買って、子どもを育てる。そういう模範的な人生のレールが敷かれていて、みんながそれに乗ろうと考えました。家や車、生命保険といった商品もそれに合わせて設計されていました。

そんな牧歌的な時代が終わったのは皆さんもご存じのとおりだと思います。終身雇用が崩れ、実力主義の評価制度の導入、外資系との競争、アジアの安い賃金との競争、さまざまなことが起こっています。

その中で、キャリアレールは、多様化しています。日本の企業もグローバル化しており、海外への進出が急激に増えてきています。その中で、グローバル人材という言葉が生まれ、いままでとは違ったタイプの人材が急に求められるようになりました。いまは少しブームが去りましたが、外資系の金融機関やコンサルティング会社、IT企業の就職人気が高まり、いわゆる学歴の高い学生の間で外資系の就職が人気を博したこともありました。

さらに、昨今で注目されているのが海外就職です。海外で働くというと、いままでは日本から派遣された駐在員のかたちが多数を占めていて、海外で働くことのできる日本人はごく少数でした。そこに、海外の現地採用という形が非常に増えています。自分で志向して海外で働く、勤務地を選んで海外で働くということができるようになってきました。

さらには、完全に日本を捨ててはじめから海外で勝負するようなキャリアも紹介されて話題になっています。帰国子女でもない日本の高校生が、東大や京大を目指すのではなく、ハーバード大学やスタンフォード大学を目指すという事例も出てきました。一足飛びに海外です。

グローバル化、海外進出、海外移転、現地採用、大学から海外・・・・・・。日本の大学にいって日本の大企業に入り定年まで勤めあげる、そんな一本調子のキャリア設計では捉えられないような、多様な選択肢が出てきたといえます。

もしキャリアで悩んでいるならば、まずはいろいろな選択肢があるということを知ってほしいと思います。たったひとつの方法しか知らず、自分がそれに乗っかっていないと気づいたら、不幸になってしまいます。しかし、キャリアを成功させる方法、人生を豊かにする方法はひとつだけではないはずです。

選択肢を知らないばかりに、自己嫌悪に陥ったり、自分の才能や能力が生かされないまま、くすぶってしまうのは残念なことです。

キャリアに関する本の多くは、どうやってスキルアップするのか、というスキルの面に注力していると思います。本書は、スキル面だけでなく、可能性を知ってもらうことに多くの紙面を費やしました。

多くの人が視点を広げて、多様なキャリアのチャンスを知ることによって、もっと生き生きと充実した人生を送ってもらいたい、そう考えて本書を執筆しました。

そして、最後に、大げさな言い方になりますが、今後の日本に勇気を与えてくれる人は、海外にいったん出ていった人ではないか、と思うようになりました。閉塞感のある日本の中で暮らしていると気が滅入ることがあります。未来が描けません。海外で活躍して生きていく人の成功事例がどんどん出てくれば、日本の中にいる人も勇気をもらえるのではないか、と考えています。海外で活躍する人たちと、日本の中にいる人たちが知恵を合わせて、よりよい未来をつくっていける時代がやってくることを切望します。

いまは、日本、海外と分けて記述していますが、そう遠くない未来には、その区別すら意味がなくなる時代がやってくるようにも思います。そのような世界で、多くの人が生き生きと未来を描いて仕事ができることを願っています。

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ユニクロブラック論は単純な労働問題ではない、本当の問題は採用の失敗であることに気づくべき

日経ビジネスの柳井さんのインタビューを読んだ。

甘やかして、世界で勝てるのか

ユニクロブラック論に対する、柳井さんからの回答である。

これを読んで、私は柳井さんの考え方を再確認した。やはり柳井さんは、本気で世界で勝てる企業をめざしているようだ。そのためには、優秀な人材がたくさん必要だ。全員が経営者だという全員経営。これも、理念的にはわかる。世界で勝つ企業をつくっていくには、経営者意識をもったリーダーがたくさんひつようなのだ。ユニクロにはそういう人材がまだまだ足りない。

で、柳井さんは、そういう人材になってほしい。そうであれば、何千万、何億円稼ぐすごいひになれる。だから、そういうひとを見極めて、鍛えるのだ。といっている。

大筋では私も賛成だ。リーダーを鍛えるのに、あまっちょろいことをいっていても仕方がないし、厳しい環境でストレスをあたえ、離職率5割どころか、7割、8割、さいごの上澄みの1割を引き上げていくべきだ。そういう人材育成方針は間違ってないとおもう。
これは精神論ではない。欧米のグローバル企業は、こういうサバイバル方式の人材育成だ。できるやつだけが残り、ダメな奴はやめていく。新卒も中途も関係ない。成果主義。
リーダーを育てるには、その方法しかない。柳井さんの考え方は間違っていないと思う。

ただ、徹底的に間違っているところもある。

そのリーダー候補の人材の入社パスが、「日本」「新卒」「店長から」の3揃いことになっているところだ。

これが決定的にまちがいだ。そこにパスには、柳井さんの考えるリーダー候補は集まってこないのではないか。

日本人はそこまでハングリーでないし、新卒の学生のレベルの低下は厳しいし、店長からの入社パスに超優秀なひとが集まってくるとは思えない。それにユニクロの給与水準では、日本人には魅力がほとんどない。もちろん中にそれでもタフにユニクロでやりたいという人材がいるのかもしれないが、めったなことではいないし、その比率が低いので、結果として5割退職、本社に起用されるのはわずかということになるのかもしれない。

グローバルリーダーになれないような層に、むやみやたらな期待をかけて、しごいてしまうと、そのギャップから完全にブラックになってしまう。ユニクロブラックの問題は、採用の問題、採用の失敗にあるのかもしれない。

たとえば、マッキンゼーなんかは、慎重にも慎重をかさねてコンサルタント適性があるひとを、1000人にひとりから採用している。なので、彼らは、一日18時間労働が延々とつづいても、寝不足のまま3時間に渡る議論をしても、上司から毎日罵倒をうけながらもそれでも食らいつくのは、そういう採用をしているからだ。それでも10人に一人も残らない。この環境に普通の人材を採用したら、一年後には誰ものこってないし、ほとんどが鬱になっているだろう。そして、「出来もしないことを強要するブラック会社」のレッテルを貼り付けられているだろう。
しかし、マッキンゼー内で生き残れなくて辞めたひとですら(体を壊して辞めた人もいる)、マッキンゼーをブラック呼ばわりすることはない。それは、ほんとうにリーダーになりたい層を慎重にも採用しているからで、採用のギャップがないからだ。

ユニクロの失敗の本質は、採用の失敗にある。


そして、ユニクロのもとめる経営者人材は、日本、新卒、店長に応募する層からはとれないだろう。

なので、ほんとうにリーダーを採用したいなら、

・日本人を避けて、他の国からひとを採用する
・新卒は採用しない

ということが大事という逆説になるのではないだろうか。実際柳井さんはインタビューで、はじめて採用した中国人留学生が中国のCEOになっていることを上げている。ハングリーでタフなやつをとりたければ中国やほかのアジアの人材を採用したほうがいい。
これなら、新卒を潰すとかブラックとかいわれないで済むし、優秀なひとを採用できそうだし、なにより、今後のグローバル展開の戦略にがっちするではないか。
(実際ユニクロは外国人採用を強化している)

日本では、新卒採用を辞めるか、新卒でも超超優秀なマッキンゼー人材のみを、店長ではなく本社採用で数名取るだけにする。そこには、優秀な人がやってくるだろう。

一方、日本にも1000近い店舗があるわけだから、その国内、店長確保も必要だろう。その現実的な方策としては、

国内では、残業なしのきわめてクリーンな店舗をつくる。店長は、日本人を当てるが、年収は400万程度固定で、残業はないが、昇進もなく、店長は店長のままで、3年契約の社員である。マニュアル化を徹底し、だれでも店長ができるようにする。

これで、晴れて、国内の店舗はホワイトに。マスコミからもブラック企業評論家からもなにもいわれない。とっても優良な企業になるのである。

とにかく、新卒というのが問題だ。幹部人材を新卒で採用しようと考えるから、では新卒が登竜門としてできる業務としては、せいぜい店長職をあてがうしかない。
新卒にいきなり本社の高度な業務はムリだろう。だからまずは店長からということになるのだが、この店長というのは、たぶんに労働集約的であって、そこでスクリーニングをするから、どうしても労働時間的にブラックになってしまう。

つまり、新卒からの幹部人材への登用を一切やめるのである。店長職と本社人材は完全に分離して、人材登用は原則としてなくす。これでユニクロはホワイトになる。

しかし、なぜそれをしないのか。できるはずだが、あえてしてないと私は断言する。

しかし、それは、「稼げないなら、「単純労働」と同じ賃金」とインタビューでいっているの点とかぶるのだが、このようなことをしてしまえば、日本人は単純労働者としてつかい、幹部には中国人・アジア人を採用するという会社になってしまう。日本人に期待しないことと同義なのだろう。

それに「新卒採用からの幹部登用は一切やめます」なんていったら、こんどは、別の意味でブラック企業だって叩かれるに決まっている。

「チャンスがなくなった」って指摘されるに違いない。
「新卒からチャンスをうばっている企業ユニクロ」

これが問題のトートロジーであることは賢明な読者ならお分かりになるだろう。

それはあまりにも、悲しい。柳井さんが、日本人に期待をするがあまり、このようなことになってしまっているのだろう。しかし、それももう、時間の問題だろう。ユニクロの海外事業が日本の売上を超えるのは遠い未来ではなく数年後の姿だ。私は、どこかの時点で柳井氏が日本人への期待、新卒への期待をすて、このようなインタビューで人材育成論を話すこともいずれなくなると思う。

人材は日本の新卒を「育成」などしなくても、海外のはじめからできる優秀な人材を採用してくればすむようになってしまうからだ。

そして、柳井さんが世界を制覇するには、後者の会社になることが肝要だろう。

 

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2013年は海外に移住する日本人が本格的に増える元年になる2つの理由

2013年は、海外に移住する日本人が本格的に増える元年だと感じている。 松井博(@matsuhiro)さんともtwitterで盛り上がったが、この動きは、水面下でずっとあったけれども、今年になって多分メジャー・デビューというか、おおきなムーブメントとして認識されるようになっていくと思う。

twitterでは、「どうして海外移住するひとがふえるのか?」という、とても基本的な質問があったのでそれに答えておこう。

海外移住するひとは、基本的に2つのタイプに別れる。① 一つは、優秀な人。世界のどこでも働けるようなスーパー人材が海外移住する。②は、国内で仕事がないひと、認められなれないひとが、チャンスをもとめて海外で活路を見出す。

①のスーパー人材にとって

そういう人材にとっては、市場が低迷していて、細かいところでギリギリの差別化をして才能をすり減らしている下り坂の市場よりも、日本国外に目をむければ、もっと伸びているところがあるからだ。アジアはその典型例で、アジアの景気の波にのったほうが、日本でセコセコやるよりもよっぽど面白いことができる。2000年ごろのネットベンチャーの波の再来だとおもう。次の波はアジアにある。 多くの起業家がいまアジアでビジネスを起こそうとしている。シンガポールなどは連日のように起業家が押し寄せて、もはや大変なことになっているのだ。

起業家以外でも、本気でグローバルな市場で勝ちにいこうとしている人材は、日本を離れている。大学からハーバードを狙う動きもでている。 日本の会社でうつつを抜かしていてはヤバイと気づいた優秀層が、グローバルな環境の中で戦えるフィールドをもとめて、シンガポールや香港に押し寄せている。

このふたつの波が、2013年に一気に噴出してくるだろう。

②スキルのない人、日本で非正規で働いているひと

もう一つは、スキルが無い人だ。これが海外にいっている。 そんな馬鹿な、とおもうかも知れないが、本当だ。スキルがないのに海外で働けるわけがないというのは思い込みで、スキルがないとやとってもらえないのはむしろ国内である。

国内では、スキルどころか、スキルがあっても新卒の次期を逃したりすると、そのまま非正規に転落して、そのあとチャンスがない。 ちゃんとした仕事に恵まれず、国内に希望を失った層が、海外に向かっている。

現在、海外であれば、日本語喋れるだけで確実に内定がでるという仕事がたくさんある。しかも、それらはまだまだ売り手市場だ。 たとえば、ジャカルタなどのバブルぶりはすごく、昨年度であれば、本当に日本人であれば、ほとんどの人に内定が出た。 日本語が喋れて、日本企業の阿吽の呼吸がわかる人材が、海外の営業担当として現地でやとわれているのである。

日本の差別的なキャリア制度や、排他的な空気に嫌気がさしたひとが、人生どうせこのままなら、ということで、思い切って海外で仕事をしてみるといったチャレンジに出ているといえよう。 セカ就という言葉がでてきたが、私の言葉では「普通のサラリーマンの海外就職」が今後、当たり前のようになっていくだろう。2013年はその元年になる。

ただ、世界的にいったら、日本語が喋れるだけのひとが海外で仕事があるというのは奇跡的なことである。これは未だに力のある日本企業の力と、日本人ばかりで阿吽の呼吸でやりあってる日本企業の体質が海外でもかわっていないという、特殊な事情によるものだ。 このような奇跡が、あとどのくらい続くかどうかわからない。

少なく見積もって5年、ながくて10年。いま、日本人だからという理由で海外でやとわれた人材は、10年後には自分なりの強みやスキルをもっていないと、ダメだろう。

10年後には、もっと下層のひとも海外に流れる。工場やコールセンターなどで働く人だ。国内にそれらの施設は残らなくなる。もしそれで職を得ようと思えば、中国やフィリピンなどにいって、そこで働くしかない。日本人が、大連のコールセンターの日本語サポートスタッフに、中国人と対して変わらない賃金で募集され、それに応募せざる得ない人がたくさん出てくるという未来。それはもう始まっている。

松井さんの本には、そういう流れが書いてあるし、私の本はそれをもっと噛み砕いて実例をあげて解説した本田。

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学生を苦しめる「やりたいこと」「志望動機」をクリアするシンプルな考えかた

ツイッターで、就活教育の批判をした。

やりたいものを探せというけど、無茶な自分探しをして、自分のやりたいことをムリにみつけようとして苦しむ必要はない。

やりたいことなんて、相応の社会人経験でも無い限り、なかなか見つかるわけがない。

仕事をとおして、経験を積むにしたがって、自分のやりたいこととがだんだんはっきりしてくるもの。

という趣旨を呟きました。

これには多くの80以上のFavがついたのですが、これにたいしての学生からの反応がおもしろものでした。

「そうすると今度は、志望動機が弱い」っていわれる

上辺の部分でいいから俺たちの企業を徹底的に調べて来い!っていわれる

わたしは、この反応を見て、あー、そういう勘違いをしているのだなと分かった。

学生のいう「やりたいこと探し」と「志望動機」という怪物の正体がみえたのです。

どうやら多くの人は、

自分探しの結果見つかった自分のやりたいこと=●●がやりたい

これが企業への志望動機に直結して、

「●●をやりたいので、御社を志望します」

といった具合になると考えているようだ。

うーむ、これは就活教の罪は深い。

そういうことではありません。

志望動機とは、あなたが個人的に生涯にわたって何をしたいか、とか、そういうことを聞いているのではありません。個人的に将来政治家になりたいとか、途上国に貢献したいとか、起業したいとかそういう話はどうでもよろしい。

あなたが、ある特定の企業の「その企業のビジネスの何処に興味をおぼえ、どういう仕事に取り組みたくて、どういうことができるのか」ということを述べればよろしい。

どういうことかわかるかな。

例えば、わたしがシャープの面接をうけるとする。

私は、個人的には作家業を続けていくつもりなので、本当にやりたいことは作家だ。

ただ、シャープで働こうとおもったら、シャープに対して貢献できることもあるし、シャープの事業で興味があるものだって少なからず存在するとおもう。

だから、シャープの事業を調べて、すくなからず興味がある部分に対して、私の過去の経験からなにができて、どういう取り組みがしたいかを端的に述べるだろう。

これは、私の人生の目的と合致しているかどうかは問わない。私は作家業をやりたいのだが、シャープで仕事をするとしたら、志望動機はちゃんと述べることが出来る。

同様に、アップルでも、グーグルでも、楽天でも、商社でも、リクルートでも、グリーでも、新聞社でも、出版社でも、なんならフレンチレストラン、何なら自衛隊でも同様に志望動機をのべることができるとおもう。僕は政治家になるつもりはないけど、仮に立候補するなら、何を有権者に訴えるかという話は考えられると思う。

そのためには、当たり前だけど、その企業のことをしっかりと調べなくては動機なんて作れない。

企業の人が、上辺の部分でいいから俺たちの企業を徹底的に調べて来い!」というのは当たり前だ。

もし私が自分探しの結果、作家として生きて行きたいとおもったとしても、企業の面接ではそんな事は言わない。もう一度いうけど、自分の人生として何に取り組みたいかと、会社に就職して何をしたいか、は別の話である。

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ユニクロがブラックな本当の理由その2。柳井さんのしかけた<店長無理ゲー>という登用制度

昨日のユニクロ論が私のブログ史上最大のアクセスを集めた。
それだけみなさん関心のある話題なのだろう。

そこで続きというか、もうすこし視点をふかめてみたい。

前回のエントリでは、ありそうにみえてないキャリアで新卒を釣っているのが問題ということを指摘した。これに加えて、今回は、ではなぜ、その構造のなかで長時間労働がおきるのか、ということについて考察したい。

まず、前回の前提を覆すようだが、ユニクロの店舗から、本社へのキャリアパスはつながっている。ただし、蜘蛛の糸でつながっている。その糸をつたって上にいくには、超絶的なハードルを乗り越える必要がある。

実際、新卒から店長をへて、本社に昇進したひとの事例がある。
ただ、その数は、店長の数に比べてたら、極めて少ない。ユニクロの直営店は832店舗あるが、832人のうち本社に登用されるのは、多く見積もって5%程度だろう。


ユニクロでは店長時代に凄まじい労働が強いられる。プレッシャーに耐え、長時間労働ができ、そのなかで圧倒的な業績をあげられるという、とびきり優秀なスーパー人材だけが、本社に登用される。店長は、スーパー人材をスクリーニングする機能を果たしている。

これは、柳井さんが設定した、”店長無理ゲー”である。これをクリアできる人材を本社に登用したい。だから、店長にとてつもないプレッシャーをかけることは重要だ。幹部候補のスクリーニングなのだから。

マッキンゼー級の人材だけは、上にあげてあげようという、これは柳井さんの温情というか、柳井さんの新卒のひとにむけた期待なのであろう。
お前ら、経験ゼロのやつを取ってやるんだから、本社で経営にかかわりたければ、マッキンゼー級の働きをしてみろ。
しかし現状は、ほとんどの新卒は柳井さんの期待レベルにとうてい達することはできず、討ち死にして辞めていく。50%近い離職率=スクリーニングという結果がそれだ。
一見するとみんながクリアできそうで、実は一部の人しかクリアできないような無理ゲーを設定し、店長職を、マッキンゼー級の人材をスクリーニングする機能として位置づけていることが、実際に超絶な労働時間と過酷なノルマというブラック労働が起きる直接的な原因である。

 

これが実際におこっているところだろう。

つまり、ユニクロの本社に入るためには、

①中途として、MBAやマッキンゼー等を経て採用される

のほかに、新卒パスとして

②新卒ではいって、店長としてマッキンゼー並みの活躍をする

というのもあることはあるということだ。
ただ、新卒から生き残るのには、そもそもその人材がはじめからマッキンゼー級スーパー人材であることが必要だ。そうでなければ、柳井さんの設定する店長無理ゲーをクリアできない。


つまり、どちらにしても、マッキンゼー人材しか本社にいけないという、たいへん身も蓋もないしくみなのである。

 

しかし、実際の新卒の描くモデルは、図の右のほうだろう。つまりエスカレーターモデル。
最初は現場でもかまわない。労働時間も守られた環境で着実に仕事をして、時間をかけて徐々に、現場から、店長をへて、本社にうつり、マネージャー、経営陣と上がる。
店長の5割くらいがとりあえず本社にいけて、そのうち半分くらいがマネージャーになれる・・・といったような。まるでこれは、高度成長期の終身雇用のモデルではないか。
新卒のあまたの中と、柳井さんの頭のなかには根本的な意識ギャップが有る。
エスカレーターではなく、かなり短期の期間(3年程度)でスクリーニングがかけられ、
クリアできないひとは、辞めさせられる(実際は辛いので自分から離職する)
という仕組みは、珍しいものではない。
これは、up or outといって、外資系の金融やコンサルではよくある方式だ。
外資の金融などでは、大量のハーバードMBAが毎年入社してくるが、
3年もたつと半分ものこらず、5年生き残るのは10人に一人だ。
もちろんその間はユニクロを凌駕する長時間労働がまっている。
のこりの9人はどうするか? そう、全員辞めていく。
だからこの手のタイプの外資系は、離職率が異常に高くなる。離職率90%。
これが健全に働くかどうかは昇進できる比率と、報酬による。
外銀などは、生き残る率も少ないが、報酬が高い。シニアなレベルになれば年収1億円もありうる世界だ。
ただ、ユニクロの場合は、店長の年収は400万程度のようだし、本社に登用されても1000万になるわけではない。この賃金設計では柳井さんの期待とは違い、インセンティブ設計としては失敗しているのではないか。
結果としては、人材選抜という意味でも、832店舗の店長を確保するという実利的な意味でも、両方失敗しているのではないかとおもう。

 

ユニクロの現場をホワイト化するには、この逆説的だが、幹部登用を一切辞めることである。幹部登用が絶対にないとわかれば、店長もそれほど働かない。
先日のエントリにも書いたように、店長を管理職ではなく、労働者と位置づけてマニュアル化を徹底する。イトーヨーカ堂のように、店長もバイトというのが究極のかたちだが、べつに正社員でもかまわない。ただ、店長の先には絶対に昇進のパスがない。たんなる労働者だからだ。
労働者となった店長は、本部のマニュアルどおり動き、売上責任もすべて本部のせい。自分たちは店舗の実作業を粛々とおこなうだけ。
こうなれば、工場労働者とほぼ同じだ。労働基準法は守られ、残業代も支給される、完全なホワイト労働になる。(上の図が、ホワイト化されたユニクロである)
ただ、この場合、完全に、本社へいく道は閉ざされる。バイト労働者に柳井さんはなんの期待もしないだろう。

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ユニクロがブラックな本当の理由。キャリアの分断にみるユニクロの真の闇

ユニクロブラックの話しが沸騰しているので、少々思ったことを書く。

ユニクロがブラック企業だと聞いた時には、なぜ?とおもった。
私は、何名かのユニクロの社員を知っているが、ブランド開発をやっていたり、中国への進出戦略を練ったりしていて、なかなかおもしろいことをやっているなあとおもっていた。その社員も「柳井さんはキツイひとで大変だが、仕事はチャレンジングだ」といっていた。
これだけの規模のアパレルで新しいことができるのだから、とてもいい会社じゃないかと思っていた。

そこに、このブラック騒動である。

かなり違和感があった。
しかし、よくブラック騒動をみると、すべて新卒で入社して店長にあてがわれたひとの話だ。
ユニクロの本社部門のひとの話は全然書かれていない。

ここが味噌である。



ユニクロは、本社と現場のキャリアが完全に分断されていまっている。
本社は、中途採用で、マッキンゼーやらATカーニーやらアクセンチュアの人をとりまくり、コンサルの巣窟とも言われているようなところだ。彼らにとっては、本社はそれなりにチャレンジングでやりがいのあるホワイトな環境である。

ユニクロで出世したいなら、MBAとってマッキンゼーを経て中途で入るのがよい。新卒でユニクロにはいっても店長が関の山だ。

このように完全に分断された構図は、欧米の小売業だと当たり前なのだが、日本の場合あえて別の社会的な反発をくらうからか、学生がとれなくなるからか、そういう事実をあえてぼかしている。

店長の位置づけもあいまいなままだ。
はたして、上にあがれる幹部候補としての店長なのか。それとも単なる店長なのか。
ユニクロは前者をほのめかしつつも、実態は後者である。

学生も学生で、ユニクロに新卒ではいって、グローバルな経営をまなべるとほんとに思ってしまっているところが罪深い。

ユニクロでは、海外進出にあたって中国に膨大な店舗を出店するから、その店長がたりない。新卒は、中国語を覚えて、中国の内陸あたりの新店舗で店長をやることになるのだが、それがユニクロのいうグローバルな経験だということだ。

もちろんユニクロもそんなんじゃ店長の数がたりないから、もう日本人はやめて現地で中国人の店長候補を大量採用しはじめている。同社の新卒の8割は外国人、というのはそういうことだ。
日本人をとるのは、さすがに日本の国内店舗もつぎつぎと人が辞めていくから補充せざる得ないのだろう。

そういう現実をしってかしらないのか、のほほんとしている学生がユニクロに夢と希望を抱いて入り、ブラックな現場で、こんなはずじゃなかった、過労とアイデンティティの崩壊を興すのだろう。

ではそのような新卒に、マッキンゼーに入って、ハーバードMBAをとってからユニクロ入ったほうが面白い仕事ができるよといっても、慰めにはならないだろう。
決してマッキンゼーに入れない人材(このからくりを見抜けないような)だから、ユニクロに新卒で応募してしまうというこの逆説の悲哀。

仮にマッキンゼー人材がユニクロの店長をやったら、それはそれで、小売業のツボを1年くらいで吸収しつくし、それを元になにかあたらしいアパレルを起業したりして成功するかもしれない。そのとき、自分の成功の基礎はユニクロの店長にあったと回顧するだろう。

ユニクロの真のブラックさは、労働時間にあるのではない。
労働時間でいえばマッキンゼーや若手官僚の労働時間はユニクロ店長の比ではないだろう。
月に240時間労働なんて甘すぎる。月400時間もありえる世界だ。ユニクロがブラック動労時間なんてお笑いぐさである。

ユニクロは、労働時間がブラックなのではなく、決して本社では働けない人材にグローバルとか、その上の華やかなMBA的世界をチラリズムさせて採用しておきながら、じっさいな名ばかりの店長をつづけさせる。つまり、ありそうにみえて実際はないキャリアパスで人を釣っているという詐欺のところが、真にブラックなのだ。

実際に月400時間でも、将来経営幹部に転職できるパスがあるとおもうから、マッキンゼーの人はそれでも働く。彼らにとっては、マッキンゼーはブラックでもなんでもなく、キツイが、すごいスキルが手に入る訓練所のようなものだ。

解決策としては、ユニクロは、はっきりとキャリアの分断を示すべきだ。ユニクロには、経験をつんでから中途できなさいと。

そして、店長職は、管理職ではなく労働者という位置づけにはっきりとする。そのためにはもっとシステムをしっかりさせて、本社が管理し、現場の裁量をもっと減らし、機械的に働いてもらう。そもそも店舗の創意工夫などあまりなく、売れ筋の商品は、本社のマッキンゼーが分析して、どのようなものをどれだけ売るかは計算して提示できるような高度なマネジメントを目指すべきだろう。
現場はそれに従えば良い。

矛盾しているかもしれないが、現場に創意工夫がある限り、なんちゃって店長職の責任は増大しつづけるだけだ。

良くも悪くも現場はたんなるマシーンになってしまうが、単なるマシーンだからこそ、裁量がないので、残業を拒否できるし、売上もなにもすべて本社の責任になすりつけることできる。店長は、現場の管理を粛々とやればよい。

そうしたら、仕事は面白く無いかもしれないが、残業のないホワイトな現場になるかもしれない。ただ、そうすると店長はアルバイトでも勤められることになり、大卒の正社員を雇う必要自体がなくなってしまうかもしれないが・・・・・・・・・・・・・

#著者注:ここで書いているマッキンゼー人材というのは、文字通りマッキンゼー出身の人材のことではなく、マッキンゼーなどの、別にグーグルでもいいんですが、その手の非常に頭のよい優秀なトップ層のエリート人材の比喩としてそのように使っております。

(追記)
なお、ユニクロでは店長から本社へのパスが無いわけではなく、事例は存在する。
だだ、店長から本社へあがるには、マッキンゼー級の知見を店長時代に発揮する必要があって、結局マッキンゼー人材じゃないと本社にいけないのは変わりがない。

のほほんと店長をやる人材では上がれないので、事実上の分断と書いた。

柳井さんは、新卒は最優秀層を見出すために、店長時代に死ぬほど働き、マッキンゼー級の業績をあげてほしい、と願っているからこうなるのだろう。

中途の場合MBAとかマッキンゼーというふるいに掛けられ済みなので採用は楽だが
新卒の場合は、まったくわからないので、店長やらせてみて、ふるいにかける。

ただ、ふるいに掛けられすぎて半分がやめてしまっているのだから、この方法よりも別のふるいを考えたほうがよいのかもしれない

(追記2)
続編を書きました。

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