ノマドと会社員の対立があんまりなんで、僕が本質を考えてみたから聞いてくれ

どーも。またノマドの話です。
ところで、ノマドの話をすると、すぐに会社員支持派から強烈な反論が来ますね、

すっかり、ノマドvs会社員みたいな二項対立構造になってしまっています。
なんだかなぁ、と思うのですが、ほんとになんだかなぁ。です。

すぐに二項対立になってしまう会社員とノマドの構図。これをどうにか解消できぬものか。
一生懸命、本質を考えましたよ。

そして! 本質が見えました(笑い)

二項対立がでてきたときは、あれ、弁証法ですよ、弁証法。
対立しているものを止揚して、高次の結論をだしちゃうんです。

大喜利のように考えてみたんですってば。


ノマド vs 会社員と掛けて


弁証法と解く、


その心は?

ズバリ、

「成功できるかどうかが大事だ」

成功ですよ、成功。

会社員でも、成功したひとと、成功してないひとがいるでしょう。会社員が自動的に成功できるわけでもなく、ノマドが自動的に自由に働けるわけでもない。

まず、会社員を考えますわ。

きっと、安定してよい給与をもらって、ライフワークバランスも保てて、大きな会社ならではの特典(福利厚生)などを得て、しかも個人じゃできないような大きな仕事ができて、部下と同僚に恵まれ充実している。
これ大成功ですよ。
だれも文句はいいません。うらやましいです。

でも、失敗サラリーマンもいますわ。
ブラック企業につとめ、毎日終電まではたらき、残業代ゼロ。ノルマばかりきつくて、給与は安い。身体を壊しそうになるが、他に仕事がないので、やめられない。他の社員もほとんど鬱になりそうであるが、社長だけは鬼のように威勢がいい・・・。もう、ヌケダシタイ・・。死にたい・・・
これ、失敗ですわ。
会社員でも、こりゃだめですわ。最悪ですよ。

じゃ、ノマドではどうでしょう。

自分のブランドを確立して、高単価のしごとがひっきりなしに入ってくる。単価が高いので、はっきり行って収入はサラリーマン時代の3倍になった。仕事量は多いけど、それでもサラリーマン時代よりは働いてない。なにより、自分の名前で仕事ができるから、充実しまくり。人生楽しい。

ネットで定期的な収入を得られる仕掛けをつくって、世界を旅する。自由な時間が大量にできた。いままでは家族・子供と接する時間がほとんどなかったけど、いまではほとんどの時間を家族と過ごしている。やりたくないことはしなくていい。人生はなんて豊かなんだ。

これ、大成功ノマド。こんな生活うらやましくて、しょうがない。この生活に文句ある人いる?いたら相当ひねくれているか、何かトラウマでもあるのかもしれない。

一方で失敗ノマドもいる。
会社をやめてからジリ貧。ろくな仕事がなく、実力もないから、労働環境は悪化するばかり。それで、バンコクに外こもりにいってみたけど、クスリに手をだして、完全沈没だわ。半分ホームレス。でもまあこの国はそんなのも結構多いから、どうでも変わらんわ。あ、この前ヤバイ病気ももらったみたいだわ。まあ、どうせ死ぬんだから、どうでもいいや。
こんなのには誰もがナリたくないでしょう。オワコンです。

要するに、会社員であろうと、ノマドであろうと、成功したら最高だし、失敗したら最悪だってこと。
会社員、ノマドという形態が重要なんじゃなくて、成功するかどうかが最も大事だ。
だから、単に、どちらのスタイルを選んでいるにしろ、そのスタイルでの成功を目指せばいいんじゃないの?そうしたらべつに会社員だろうがノマドだろうがどっちでもよくないか?

人には向き不向きもあるし、会社員では芽がでなかったひとが、ノマドスタイルでは芽がでるかもしれないし、逆もあるかも。
会社員、ノマド、というスタイルは多様性。ほかにも、起業とか、プロフェッショナル(弁護士など)みたいなスタイルもあって、それが横軸。縦軸は、それぞれのスタイルで成功するかしないか。

単に、横軸の幅に、ノマドがひとつ加わっただけ。くらいに思っておいてくださいな。
腑に落ちてくれるといいんですが。

#本文でのノマドの意味は「会社に属さず働く人」くらいの意味合いで使っております。
#なお、私が常々いっているノマドの文脈は、「場所・時間・お金からの自由(とらわれない)を志向するライフスタイル」という意味で、そういう生活が得られるように工夫してノマドとして成功しましょう、ってことを言ってます。
なお、この意味でのノマドライフスタイルを研究・実践する会員限定コミュニティtyk projectsを主宰しておりますので、ご興味ありましたらどうぞ!

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ロケーションに依存しない収入を増やせ! – 月に20万円貯蓄を可能にする方法

収入のノマド化ついて。

収入には、ロケーション(稼ぐ場所、働く場所)が固定になっている収入と、そうでない収入がある。

ロケーション依存の収入とは、例えば、公務員などは最たるものだろう。東京都に雇用されていれば基本的に東京都に住み、東京都で働かなくては収入は得られない。

一方で、稼ぐ場所に依存しないロケーション非依存収入とは、例えば、文筆業のようなものだ。世界の何処で文章を書こうが問題なくどこで書いた文章かは問われない。

前者を、定住収入(Location depended income)といい、後者をノマド収入(Location Independent income) という。

この2つでは価値が異なる。
これはオフショアレバレッジ効果を利用できるからだ。



前者の定住収入では、東京で働く人は、東京にすまねばならない。東京では賃金水準が高く、収入は良いが、その分コストも高くなってしまう。
同じように、ニューヨークで働く人は収入もよいが、マンハッタンの家賃は世界でも有数の高さだ。
このような定住収入のひとが、地方にいくとどうだろう。たとえば、コストの低い沖縄に引っ越したとする、すると、こんどは収入も地域の水準にあわせてダウンしてしまう。
つまり、収入と支出の水準が、地域の水準とリンクしている状態だ。

ノマド収入においては、地域の所得水準と、支出水準をぶった斬ることができるので、ここにオフショアレバレッジを効かせることができる。
つまり、沖縄の低コストの暮らしをしながら、東京水準で物を売るということができるのだ。

元々オフショアとは、生産が安いところで物をつくり、高いところで売るということを指す。つまり、中国で安くつくり、日本で高く売る。この価格差を利用することで儲かる。

製造にしても、日本でしか製造できないものは、定住の製造であり、高く売れてもコストも高くなる。一方で、中国やその他もっと賃金が安いところで(同じクオリティで)製造できるものは、高くうれてかつコストは下がる。これがオフショア効果だ。

個人でも、定住収入ではなく、ノマド収入をえれば、オフショア効果を使うことができる。
安い地域で仕事をし、高い地域の貨幣を得るというわけだ。

同じ25万円の手取り収入があるとしよう。
定住収入の場合、たとえば、東京にすんでいれば、ワンルーム8-9万円の家賃、食費、光熱費、高い交際費、あわせて25万ではたいして手元に残らない。
かといって、宮崎県に引っ越してしまうと、今度は田舎で仕事がなく、20万円の仕事にしかつけなくなる。生活レベルは改善しない。

これがノマド収入30万円の場合どうだろう。
宮崎県に住みながら、30万円のお金を得られれば、余裕ができる。仮に20万円で生活できれば、5万円の貯金を生み出せる。

さらに、これをベトナムでやるとどうか。ベトナムでは月3万円あれば生活でき、5万円あればな東京のワンルームより広い場所に住むことができる。そうすると、20万円の貯蓄ができることになる。

手取り25万円のひとが、月に20万円貯めるには、

<定住所得>
手取り45万円まで稼ぎをアップさせる必要がある。

<ノマド所得>
ベトナムに行くと、20万円貯まる。

もちろん、ノマド収入にてもっと稼ぎをアップさせながらベトナムを維持すればさらに貯まる額は大きくなる。

企業であれば、常にP/L(損益計算書)の利益を考える。売上が上がってもコストが大きくなったら利益はでない。一方個人の場合、売上を伸ばすことには一生懸命になるが、どれだけ利益が残るかはむとんちゃくのように見える。
個人もP/Lで考えて、最適な収入源と移住地の組み合わせを模索するべきだ。(模索できるような仕事を目指すといい)

また言わずもがなだが、ロケーション非依存の収入モデルは、働くほうは会社に出勤するわけではない。圧倒的に自由で、時間の制約も受けにくい。ロケーションフリーは、結果として、同時に時間的制約からも開放のヒントを与えてくれることになる。これが私の考える経済的にも時間的にも豊かな本当のノマド民の姿である。
ネットを使って収入の100%をロケーション非依存収入にして、地方や新興国を中心に物価が安いところに住み仕事をするスタイルを、デジタルノマドと言う。

理論的にはこのとおりだが、そんなの机上の空論だというひともいる。

たとえば、私の主宰する、facebookコミュニティtyk projectsは、完全にロケーション非依存の収入源だ。オンラインのコミュニティに書き込むことでサービスが完結するので、何処にいてもお金が稼げる。時間にも拘束されず、空いた時間に書き込めば良い。そして収入は日本円で入ってくる。
実際にはこういう収入を実現したひとは、みなさんが思っているよりもはるかに沢山いるが、表にはまず出てこない。コミュニティでは、このようなロケーション非依存の収入を作った人や、新興国に移住生活をしているデジタルノマドが複数参加しているので、その方たちとディスカッションをして、具体的なノウハウをブラッシュアップしている。

また、そんなノマド収入など特殊すぎて参考にならない(頭から否定して取り組む意味が無いと考える)人のために、半ノマドの話も書いておく。海外就職コンサルタントのもりぞお氏から教えてもらった、海外就職の事例だ。

インドネシアの日系企業に就職した人の例である。新興国にいくので、給与は日本の水準より落ちてしまうが、日系企業なので、現地水準よりは遥かに高いべらぼうに高い給与をもらえる。そして現地の生活水準で暮らす(実際はプール付きのコンドミニアムに住んでいる)
すると、東京で働いているときはブラック企業で貯蓄できなかったこのひとが、いきなり生活水準は5倍くらいになり、さらにどんどん貯蓄もふえているという。
海外で働ける能力も、完全なノマド収入ではないが、半ノマド収入であるといえよう。

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ノマドを叩く記事しかみないので、全力で応援する記事を書いてみた


最近ノマドが評判悪いなー。叩く記事しか見ないので、僕は全力で応援しちゃう。

どうやら世間では、カフェでPCを開いて仕事をするフリーランスワーカーというのがおよその定義のようだ。
定義がそれでいいのか、というのはさて置き、
このノマドワークスタイルについても、文句がたらたら。

・機密性の高い仕事をカフェでするな
・事務所くらい構えろ
・電源盗むな
・長時間いたら迷惑だ
・ノマドは意識が高すぎてキモい
・フリーランスなんて安定してない、続かない
・年収上がったのか?
・フリーランスじゃでかい仕事できないだろ?

まあ、最後のほうは、もうなんだかわからない文句になっているが・・


僕は、フリーランスになろうがなんだろうが、なんかそれほどみんな熱をあげて怒るようなものかとシラけた目でみている。

どうも、みんな形式というか、そういうのに捉えられがちだ。

働く場所は、こうでなくてはいけない。
ちゃんとした仕事をとりたければ、こういう風にしなさい。オフィスを借りなさい。
仕事をするなら、こうでなくてはいけない。

なにかと規範みたいなのを作りたがる。

ノマド・フリーランスなんてやろうというひとは、会社という割合がんじがらめのところが嫌で辞めた人が多いと思うので、会社をやめてまで、当人ではない第三者が押し付けるお作法にまた忠実に帰依せねばならないというのでは、これまた本末転倒であろう。

自分のやり方でまずはダメでもいいじゃん、いっかいやらせてよ。

というのが本音だとおもう。



ノマド側も、まあ、ドヤ顔をしないことだ。
ちょっとまだ駆け出しなんで、お金ないんです、オフィスは借りれないんですけどね、ちょとカフェでしごとさせてもらっています、てへへ。くらいでいいんじゃないか。カフェで仕事する俺、自由だよね俺、みたいなドヤっぽいところが、まわりの反感を買うのかもしれない。

そんなに寄ってたかってノマドに対して怒るほどのことか。
もう少し、放っておけよ。
べつに他人がどういうやり方で仕事してたって、その人の勝手なんだからさ。

そうやっって、他人の仕事のスタイルにまで首をつっこみ、こうあるべき、みたいなあるべき論、妙な正義感みたいなものが、翻ってノマドでない人々もふくめ、自分たち自身の働き方なり生活を窮屈にさせているのではないかと思う。
かくあらねばならないというレールをつくり、相互監視みたいな。

そういうのをやーめた。だから大変だとわかってても、自分のスタイルでやる道をえらんだわけ。自己責任でやってるんですから、多目にみてやってください。

(注)この文章では”ノマド=カフェで仕事するフリーランス”として使っています。なお、私のノマドの定義は「時間、場所、お金からの自由を目指す(とらわれない)ライフスタイル」としています。

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ノマドの指標は年収ではない – クリエイティビティ高まる本当のノマドの豊かさとは

ノマドワーカーたちよ、年収を詐称するのはやめなさい – 常見 陽平

ノマド煽りに応戦するかのように、こちらの記事も別の方向に極端に煽りすぎかと思うので、ちょっと私の意見を2,3言。

基本的には、安易な独立を諌めているものと解釈しているし、僕もその点に関しては賛成である。単に、ノマドのほうが楽そうだという感じの青い鳥症候群で会社をやめると、更に酷いことになる。自由どころか、最悪、低賃金労働で一生はたらくことになる。

ただこの記事タイトルが年収を詐称うんぬんとなっていて、年収を煽りすぎだ。
ノマドになって、年収があがってないというのは、残念ということなのであろう。

ただ、ノマドの場合、単なる独立とは違うだろう。
いわゆる脱サラ的な独立なら、サラリーマン時代より稼がないと、独立した意味が無いと思う。サラリーマンと対立する概念なのだから、彼らの上(年収)をいかなければ、アイデンティティの危機に陥ってしまう。なので、稼げ、ということになる。


ただ、ノマドの場合は、なにも年収目的で独立したわけでもないだろう。
組織や時間、場所からの自由を得たいというために独立という手段を選んだひともいる。

年収を2倍にするより、年収は同じでいいから、好きにできる時間を増やしたい、
こちらのほうが、しっくり来るのではないか。

ノマドは、自由への欲求だとおもう。
年収が2倍になっても、ひたすらスケジュールにおわれ、客先に常駐で、会社員時代よりも神経をつかい、ストレスを倍増させながら、お金のことばっかり考えていては、ぜんぜん幸せではない。
要するに年収ではないということだ。自由が欲しいということだ。

ノマドを目指すとき、年収は指標にならない。
指標とすべきは、どれだけ自由が増えたか?ということだ
たとえば、来週にセブ島で面白いひとが集まるサミットがあるらしいから来てくれっていわれたとき、「あじゃあ行くわ」っていって、出かけていけるか。もうこれに尽きると思う。

僕の場合はどうか?
出かけていける。
いつでも明日でも、すきなときに、すきな事ができる。

このようなスタイルを確立できてからは、アイデアがすごく沢山浮かぶ。
クリエイティビティが高まり、人生がとても豊かになってきている。
これが僕が目指したいノマドの姿だ。

もちろん、そのためにはお金は必要なので稼ぐことは大事だ。
年収100万円ではセブに行くのは難しいだろうし、生活自体に困窮してしまってはそもそも自由はなくなってしまう。ある程度のお金は必要だ。ただそのお金と、自由を犠牲にして必要以上に稼ぎまくるお金は違う。時間を切り売りして年収が2倍になっても、ほどんど意味が無い。
年収を競うレースから降りるためにノマドになったのに、また年収を競っても仕方がない。

僕は、ノマドワーカーという範囲ではとらえていない。フリーランスか組織かといった形態論ではない。ノマドライフスタイルというべき、生き方のスタンスとして捉えている。
ノマドという言葉を、ワークではなく、をもう少し、生き方の選択として捉えてもらえるように、僕は地道にメッセージを発信していきたい。

(more)
ただ、確かに、自由が欲しいだけで、会社をやめても本当の自由は得られないというのは確かだ。社会人1、2年目で会社をやめてすぐノマドしようといっても無理な話。

来る仕事はすべて受けて、クソ忙しくても、実績を創っていく必要なある時期はある。その土台の上に、将来のノマドライフがある。スキルも実績もなくいきなりノマドライフをやろうとしたら、ワープアに転落するのがオチである。

そのような意味で、安易な退職を諌めるというのは僕も同意である。


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世界一周旅行していたほうが金がたまる?ノマド収入の謎のカラクリとはなにか?

世界一周旅行を何年も続けているひとがいますねー。

すごいお金がかかるのかと思って、予算をきいてみると、それほど高くないことにびっくりしますよ。多くのひとが、年間300マンくらいで万円旅をしています(航空券込)。これは予算があるひと。
さらに、かなりバジェットなひとでは、100万円代(190万とか)もあると聞いています。

え、200万でも高いよ。
200万なんて貯金ないから

って聞こえそうです。

でも、この200万って
一年間とおして、

住んで
移動して
飲んで
遊んで
観光して
生活用品も買って
通信費とかいれて

あらゆることを入れて200万なんですよ
つまり全ての生活費に加えて、旅行で楽しんで200万



日本で、200万円で暮らせますか。カツカツの生活ですよね。
食うだけで精一杯、贅沢な食事はできず、遊びにいくのも最小限でしょう。

と考えると、一年間遊び続けて200万円というのは、えらく安いディールに思えますね。

ということで、旅行は高く付くではなく、
旅行はえらく安くつく、
お金がなかったら旅行しろ、くらいになります。

ただ、これが現実的でないのは、2つ要因があります。

1) 日本に住宅を借りている。
2) 日本で働く必要がある

この2つです。
日本に住宅があると、外国に出ている間は、日本の住居と、旅行費のダブルコストになってしまいます。だから、結局日本にいつづけたほうがいいということになる。
私のしってるスーパーノマドは、日本で半年仕事しては、残りの半年は旅行しているのですが、日本滞在時の住居はウィークリーマンションだそうです。日本を出るときはすべて引き払う。

2つ目の日本で働く必要があるというのは、日本で物理的に働かないといけないということです。日本で物理的に働く必要があると、いくら給与をもらっても、高い生活コストで相殺されてしまいます。

旅行しながら稼ぐことができれば、すばらしいことができます。
例えば、いつも例にだしますが、パブリックマン氏のように、スカイプ相談と有料サロンで、月に15~17マンほど稼ぐことができると仮定します。すると、旅行しながら暮らせます。
どこにいても稼げるお金をノマド収入(Location Independent Income)といいます。

ノマド収入は、ロケーション固定収入より、相対的に、価値があるのです。
このノマドマンと、東京の給与所得者をくらべます。

例えば、東京で25万円の給与を得る。これはノマドマンの15マンの1.7倍ですが可処分所得はいくらでしょうか。
東京で一人暮らしをしていると、25万円はそれほど楽な金額ではありません。せいぜい月に2万円ほど残るのが精一杯でしょう。

しかしノマドマンの場合、たとえば月収を17万円とすると、出ていくほうは(旅行しているにもかかわらず)15万円くらいに抑えられるとすると、なんと、月の貯金は、2万円できるのです。同じです。まあ、お金がかかるヨーロッパや北米に行かず、アジアを中心にあまり移動せずに過ごせば、月に10万円くらいでも問題ないでしょう。例えば、セブに住むみたいなことです。
これを行うと、7万円も貯金できてしまいます。ベトナムのホイアンでは月3万円だそうで、これだと14万円の貯金ができます。

すなわち、

都内会社員は・・: 
都内でフルタイムで働き、残業もして、狭い賃貸に住み、出費も抑えて、貯金2万円。

ノマドマンは・・・: 
あまり働かず、好きな場所で、食べたいものくって、観光して、旅行して、遊んで、貯金2万円。アジアに限定し、セブあたりでマターリしていると、貯金7万円。ベトナムだとこれが、14万円。

これは、すべて、収入源が高い固定コスト(東京)を払って得る収入なのか、ノマド収入なのかということの差によります。

同じようなことが、現地採用でもおこる事例があります。
海外の日系企業で働くほうがお金がたまるという逆転現象もでてきています。

たとえば、給与は2/3くらいになってしまうとします。
25万⇒17万くらいになる。

ただし生活コストは下がり、月10万円くらいになる。

すると、貯金できる額は、
東京は2万円、後者は7万円です。

数字は、厳密に検証したものではないので、ツッコミがあるとはおおもいますが、
このような現象がありえるということを報告しています。
(※簡略化のために税金と社会保険料については考慮にいれておりません)

収入源は、ロケーションと、その収入をえるための固定コスト(生活費)といった、トータルで考えないといけません。
つまり、収入(売上高=revenue)だけを追ってもしかたなく、いかに結果としてのこるお金(利益=profit)を重視しろということです。

利益重視の経営、企業では当たり前ですが、そういうことが個人でも考えてみる必要がありそうです。

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ノマドハウス構想 – アジア全域に広がるノマド拠点

最近、シェアハウスをたちあげる話が増えてきました。
先日より、ギークハウスのコミュニティに入れてもらってから、さまざまなところで立ち上げ計画が上がっているのを知って、シェアハウスの広がりの勢いにびっくりしていています。

なかでも、海外でのシェアハウスの立ち上げの話を何個か聞いて、これはエキサイティングだ!と興奮しています。

そこで、僕も、ひとつ、自分の構想をぶち立ててみたいなとおもいます。

名付けてノマドハウス! え、あんまり目新しくないネーミング?? まあそれはいいとしてry)
シェアハウスに似てるんですが、すこし違います。


シェアハウスって、完全な定住です。
何人かで住んでいるにしても、ずっとそこに住んでいる。
100%そこに住んでいるひとが、家をシェアしているという形です。
物理スペースを数人でシェアしている。

それに対して、僕が考えているノマドハウスは、タイムシェアな形。

ノマドハウス利用者は、ノマドなので、一つのところにずっといるわけではない。
東京に3ヶ月、シンガポールに3ヶ月、セブに3ヶ月、プーケットに3ヶ月みたいな感じで、四半期ごと4拠点くらいをもって、一年をぐるっとまわりたいのです。

しかし、4箇所にそれぞれ家を借りるとなると、費用は4倍。とても無理です。
そこで、それぞれをタイムシェアするという考え方です。

Aさん 1-3月 東京 4-6 シンガポール 7-9 セブ 10-12 プーケット
Bさん 1-3月 シンガポール 4-6 セブ 7-9 プーケット 10-12 東京
以下略

4人で回せば、それぞれが世界の4拠点を行き来出来る上に、費用は一箇所分だけで済みます。
これが、タイムシェア型のシェアハウス=ノマドハウスの仕組みです。

究極の目標は上のようなものなのですが、
もちろんこんなにうまくできないので、はじめは一箇所何処かにつくって、東京&その場所ということで、ディアルライフをやるということでもOKそうです。

個人的には僕のすきなクアラルンプールまたはジョーホーバル、or シンガポールに住居を借りたい。
たとえばクアラルンプールの場合、リーズナブルな価格でよい住居が借りられます。
ちょっと調べてみたら、下記のようなところが、3ベッドルームのコンドミニアムで1300RM=3.17万円です。



3.17万円のコンドミニアム

これを年間借りると、約38万円です。
海外セカンドハウスとしてとてもいいのですが、年間38万円借りっぱなしというのはモッタイナイ。おまけに、マレーシアは、観光ビザや商用ビザなどの短期ビザで入国する場合、年間の総滞在日数が6ヶ月を超えてはいけないというルールがあります。
なので、年間契約でも結局半年しか住めないわけです。

そこで、この住居を、何人かでタイムシェアする。たとえば4名で借りれば、一人あたり、年間に3ヶ月つかえて、費用はおよそ10万円ということになります。

なかなかいいと思いませんか?
クアラルンプールは、エアアジアのハブであり、交通のハブになっているので、他の地域に住んでいるひともハブとしてすむにはいいかもしれませんし。

それに、このように3ベッドルームがあれば、借りるひとが時期をかさならないよう厳密に調整しなくても、すこしゆるめにきても、3人は泊まれるわけですから、シェアハウス状態でもいいわけです。3ヶ月区切り4人ではなく、6人くらい募集して、それぞれゆるく好きなときに3ヶ月住み、臨時で立ち寄るときは数日はお邪魔するということでも全く問題なさそうです。

ということで、この構想、真剣に考えてみて、夏ごろには物件を絞り、秋口から住むことができればなーと考えています。

そして、ゆくゆくは、東京ふくめ、世界3-4箇所にこのような拠点をもち、一年をぐるぐると回るということができれば最高です。

ぜひ実現していきたいです。

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⇒ ノマドハウス構想については、tyk projects で今後詳細を計画していくつもりです

#ホテルとの違いはなにか?とのツッコミがありましたのでお答えします。
値段です。ホテルの場合、例えば、上記のような月3万円で借りられる物件相当でも、一日4000円、月12万円くらいとります。ざっくり3-4倍取るということです。10万円の予算では、1ヶ月しか住めないということになります。
また、ノマドハウスは、だれかオーナーがいて利用者に日割り月割で貸し出すようなホテル業態というわけではないです。一年分の賃貸料を数人でシェアするというコンセプトです。



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ノマド収入(ロケーション独立収入)を得るためには?3つの伝統モデルと、6つのスキル・マネタイズモデル

先日パブリックマンのライフスタイルを紹介した。

主にスカイプ相談という、スカイプで繋がっていれば世界の何処にでもできる収入を得ながら、永続的に世界をまわり、好きなときに、好きな場所で暮らすライフスタイルだ。
これをデジタルノマドという。

キーとなるのは、いかにして、場所にとらわれないノマド収入(Location independent income)を得るかということである。

この収入が、およそ10万円くらいを超えたら、あなたは今すぐ日本を飛び立ち、世界の好きなところに住んで楽しく暮らすことができるようになるだろう。

では、どのようなノマド収入があるのか?
現在考えられる収入を検証してみよう。




<伝統的な資産ノマド収入>

①金融資産、投資収益
これは伝統的なノマド収入だ。利息、株、配当などが金融収益だ。年金も金融資産だから、同じといえよう。ストックからくる収入だ。資産で食っているわけで、要するに引退という意味にちかい。いままでの概念は60歳までにこれを達成し、60歳のあとはノマドする。それが引退という意味だ。現在ではそうしなくても後述のデジタルノマド収入によい今すぐこれが実現できる。

②不動産
これは資産収入だが、不動産事業という事業からくるものであるので、すこし性格がちがう。最初に何億円もなくても、頭金をもとにローンをくんで不動産事業を行うこともできる。
実際小資本で始めて、不動産収益を得ながら、ノマドをしているひともいえる。

③事業収入
自分で会社を持ち、従業員以下に経営は任せる。そこの上がりをもらう。

①②③は、ロケーションインディペンデントだが、デジタルではなし、なかなかハードルが高い。
これらができれば、安定度が高いので、最強のノマド収入となろう。
最終的には、①②③を目指す過程で、
最も多くのデジタルノマドが採用している、デジタル型の収入についてフォーカスしよう。

デジタル型の収入の特徴は、次の方程式で示される


売り物となるスキル・コンテンツ x ビジネスモデル ⇒ノマド収入化


スキルやコンテンツを、マネタイズするビジネスモデルとかけ合わせて、ノマド化するというのが簡単な流れだ。
以下にその代表例をあげたい。

<6つのスキル・コンテンツ>

①翻訳、ライティング
執筆作業自体はどこでも行うことができる。

②コンサルタント、アドバイザー
フィナンシャルアドバイザー、ダイエットアドバイザー、キャリアアドバイザー、不動産投資アドバイザー、あらゆるコンサルタントやアドバイザーなど、専門知識をもっているひとは、それをお金にすることができうる

③エージェント、仲介業
トラベルエージェント、不動産エージェント、人材エージェント、ヘッドハンター
あるデジタルノマドは、トラベルエージェントとしてオンラインのみで仕事ができているようだ
その他、かなりの売買が、現在ではあまり当人と合う必要がなく、スカイプでのビデオ面談などに置き換わっている。仲介エージェントは、投資も不要で、PCひとつあれば出来る。ノマド向きの形態だ。

④デザイン、クリエイティブ
デザイナーとして、デジタルノマドを実現している例もある

⑤セミナー講師、トレーナー
マネーセミナー、株セミナー、不動産セミナー、ビジネスセミナー、講演会、研修など
料理教室などもオンラインでできるようになるかもしれない
その他、セミナーで喋ることができるネタがあればなんでも成り立つ。

⑥IT
プログラミング、開発など。仕事自体がデジタルですので、相性抜群。

これを見ればわかるように、ノマド収入をえたければ、なにか売り物になるスキルやコンテンツを持っている必要がある。
スキルは秀でていないとだめだが、コンテンツはそうではない。例えば、ニートの@pha氏は、本当にニートなのだが、働かないという生き方を売りにして本をかいたりしている。コンテンツは優劣ではなく、オリジナリティの勝負となる。

次は、マネタイズモデル

<5つのマネタイズモデル>
①ブログ、アフィリエイト
アフィリエイトはやり用によっては数百万を稼ぐことが出来る上、完全にデジタルである。ただ、サイトのメンテに時間がかかり、成功確率もそれほど高くない。

②スカイプ相談(相談業)
あらゆるプロフェッショナルの相談業は、これが行える。

たとえば、スカイプで相談にのり、1時間あたりの料金を請求するもの。パブリックマン氏が採用。
メールで相談でも構わない。

③有料メルマガ、有料サロン
有料会員をあつめ月額の利用料を取るもの。メルマガなどは月に4本の記事を書くだけでいいので、世界のどこにいても出来る。有料サロンは新しくでてきた課金形態である。課金のしくみという意味では有料メルマガと一緒だ。これも世界の何処にいても成り立つ。
これは、プロフェッショナル型の(ライター)のビジネスモデル形態の一つと解釈することもできるだろう。

④オンラインセミナー
まだ、マネタイズしている例はあまりみないが、間違いなく、次にこれもくるだろう。
オンラインで有料課金のセミナーを行うというものだ。USTで流して、なんらかの限定課金システムさえあれば出来る。
参加したいセミナーがあっても、多くの場合東京のみの開催だったりして、定員も少ない。オンラインセミナーがあれば、もっと広い客を集客でき、講師もUSTの前で喋ればよい。

⑤手数料
スキルのところの、エージェントに関連するが、仲介などの手数料を得るのはベストのまねたいず

⑥(会社員)
すこし文脈が違うが、会社員だったら全部だめかというと、そんなことはない。
100%リモートワーク、在宅勤務ができれば場所の制限はなくなる。
また、いつでも転職できるスキルというのは、実はノマドである。すきな場所にうつって、そこで仕事を探せばいい。下手に日本で日本あいての商売を始めてそこにロックインされるより、スパっと辞めて新しい地で給与をもらえる職につけるのはある意味ではノマドな解だろう。

マネタイズモデルはどんどんあたらしいものが出てくるだろう。

いずれにしても、まずはマネタイズの素とのなる、スキルやコンテンツが必要だ。ノマド収入をえたければ、これを磨くしか無い。

P.S なお、こう書くと強者だけの話に捉えられがちだ。もちろんスキルやコンテンツがないものにノマド収入は難しいが、まったく別の視点からの、弱者のためのノマド化の方法もあり、これをすれば出稼ぎの肉体労働で数日はたらける能力があれば、とても楽しいくらしができる提案がある。これをライフスタイルノマドと呼ぶ。Bライフや、半農、という生き方だ。それについては、おいおい取り上げたい。

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ノマド収入とは何か? – 場所に依存せず世界の何処にいても得ることのできるタイプの収入を高める

パブリックマン氏(@elm200)が、先月より旅行に出ている。
ベトナムに行ったあと、現在はどうやらセブ島にいるらしい。

ベトナムの素晴らしいカフェ文化についてツイートしていてとても楽しそうな雰囲気が伝わってきた。心底リラックスされているのだろう。

パブリックマンのように、自分の好きなところに滞在しながらも、同時に、ITを駆使して収入を得ている人のことを、”Digital Nomad(デジタルノマド)”や”Location Independent”といって、すでに米国・ヨーロッパのほうでは、このライススタイルがキテいる。
ためしに、このキーワードで検索してもらえるとたくさんのページが引っかかるはずだ。

http://locationindependent.com/
http://www.corbettbarr.com/10-digital-nomads-to-learn-from


昔から、世界を旅しているひとは山のようにいた。元バックパッカーで世界を放浪していましたというのは、ツイッターでちょっとプロフィールをみれば山のようなひとがそう書いてある。

ただ、従来の バックパッカー は、放浪している間の収入がなかった。
従来のバックパッカーは、日本で出稼ぎなどをして最低限のお金がたまると、それを原資に世界を旅した。お金がなくなると、帰国してまた出稼ぎをした。

なので、安宿を転々としながら、バスで移動し、極貧の切り詰めを行う。
僕が中国のウルムチで見たバックパッカーは、4元の麺(48円ほど)が食べられないのか、1元の白米だけを頼んで、自前のふりかけをかけて食べていた。節約の域を超え貧困の匂いを感じた。


このようなスタイル、つまり、ためたカネでフルタイムの旅行をするのを、旧来型バックパッカーという。


デジタルノマドは、旅行していても、世界の何処にすんでいても、好きな場所にいながら、ネットに繋がってさえいれば収入をえることが出来る。なので旅行と稼ぐことが同時並行で両立できる。これがデジタルノマドたる所以で、旧来バックパッカーと決定的にちがうところである。

場所に依存せずPC一つで得ることのできる収入を、ノマド収入(Location independent income)という。

旅をしている間も、カフェでコーヒーを飲みながら定期的な収入を得て、旅を続ける事ができる。もちろん常に移動してなくてもよく、3ヶ月ごとに気候にあわせて住む場所を変えるということでもよい。

ノマド収入をえながら、ノマドする。デジタルノマドの生活が決定的に従来とちがうのはこの点だ。

バックパッカー: 貯金 ⇒ 旅行 ⇒ 資金途絶える ⇒ 帰国
デジタルノマド: 旅行&ノマド収入 (永続的)

デジタルノマドが、PT(永遠の旅行者)になぞらわれるのも、この永続性からだ。

パブリックマン氏の場合、どのようにしてノマド収入があるのだろうか?彼は、財務諸表を公開しているので、すこし見てみよう。

彼の収入のうち、ハイライトしたところが、場所にとらわれずに、世界の何処にいてもできる仕事にあたる(本人に確認したので間違いない)

売上(Skype相談)53,800
売上(講演料)5,000
売上(アマゾンアソシエイト7,624
売上(Google Adsense3,484
売上(ITサービス)45,000

出所: [財務報告]2012年5月財務報告


合計すると、彼のノマド収入は69908円、約7万円。今後は、どうやらスカイプ相談を値上げするらしいので10万円くらい稼ぐ余地はありそうだ。

10万円あると、例えばベトナムやセブ島ではなかなかいい暮らしができる。
そもそも物価が日本の1/4~1/3くらいであるので、購買力としてみると、10万円の稼ぎが現地では30万円~40万円相当になる。現地の人の平均月収も3-5万円くらいの地域だ。10万円もあれば、現地のひとの給与より高いのだ。つまり、ウルムチの極貧バックパッカーのようなことはせずに、昼間はカフェでコーヒーをのみ、夜は美味しい食事を食べ、ビールも飲んで、普通に豊かな暮らしができてしまうのである。
自分が途上国に移動し、円で収入をえることで、物価差をアービトラージするセルフオフショアとよんでいる。

しかも、彼はスカイプ相談をフルタイムでやっているわけではない。1ヶ月はたらいて10万円ではないので、低賃金労働ではない。
スカイプ相談では、一人1時間で、22人の客がいたとかいてあるから、単純に考えて労働時間は22時間。準備やアフターケアも含めても30時間ほどであろうと推測する。つまり、3日ちょとしか働いてないのだ。残りの時間は、自由に旅ができる。

このように、ノマド収入を得ながら、継続的に旅なり、好きな場所に住みノマドライフを送ることをデジタルノマドといっている。
リスクヘッジ的な意味でも、いつでも場所を移動できるというのは、本当に強い。

そのためには、いかにして、場所に縛られないノマド収入の割合をどれだけ高くするか?というのが大事になってくる。この度合いが100%に近ければ、金額は少々すくなくても移動の自由を得る。しかしこの度合いが0%であればたとえ年収1000万でもすぐに移動するわけにはいかない。

ノマド収入の割合は、今後の収入設計の大きなテーマになっていくと思う。

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ぷらっとアジア。生活圏。のススメ。

LCCの普及で、アジアが近くなっています。


LCCの普及は、地域を融合させる起爆剤です。すでにエアアジアのネットワークは東南アジア中に張り巡らされていて、東南アジア圏ならどこでも片道5000円くらいで行けるという感覚になっています。このあたりによく言っている人の実感では、LCCによって、東南アジアが一体化してきたという実感を持っている人もおおいでしょう。



僕も、去年から頻繁にアジアにいくようになり、年に10回くらいいろんなところにでかけるようになりました。
香港、台北、シンガポール、クアラルンプール(KL)、マニラ・セブあたりは、国内にいくのと同じ感覚で行くようになってます。来週シンガポールでなにかあるというのと、来週福岡でなにかあるというのは、なんか同列な感覚になってきました。


時差がある北米、ヨーロッパ圏、中東などはまだまだ外国感がありますが、アジアはなんか僕の中では心理的な垣根はなくなった気がしています。
ふらっと出かけて、ふらっと帰ってくる、といった感じです。わざわざ出かけるという感じがなくなってきたのです。



その感覚にいたるキッカケはやっぱりLCCに乗ってみたということです。
2010年に、羽田-クアラルンプール線ができたとき、片道5000円のキャンペーンをやっていました。
1万円だからといって、まあ、最悪、都合がつかなくなったら、行くのやめればいいやとおもい、適当な日程でとれるチケット買ったのですが、これが革命的なイージー感を僕にあたえてくれたのです。


予定を考えずとりあえず買うという考え方。
現地になにがあるかよくわからないけど、まあとりあえず行ってみるという、ご近所にぷらっといく感覚。

外国いくからといっても、気張らなくていい。
外国いったからといっても、一生懸命予定つめてなにかしなくてもいい。

なにか予定があっていくのではなく、とりあえずチケット買ってみる。
そして、チケットあるので行ってみる。
で、何か目的があるわけじゃないので、クアラルンプールくんだりまでいっても、眠いので昼までねてしまったりしました。
日本に居る時と同じことをして、観光はほぼなにもせず、そこで生活してみる感覚を得る。


この体験が、アジアを身近に感じる決定的なものだとおもいます。


みなさんも、LCCの安いチケットで、ふらっと海外にいってください。
そして海外にいったら、きばらず、予定も立てず、まあ、ぶらっとして、3,4日すごして帰ってきてみてください。
ふつうの旅行的ないみでの何を見た何をしたという成果はまったくありませんので、まるで無駄にみえますが、わざわざ外国までいきながら、だらりとするということにこそ、最大ポイントがあります。ダラリとしにいく。帰国したあとは、なんか無駄だったな、何もしなかったな、と後悔しがちなのですが、でも、その精神的な効果は、じわじわ来ます。
あ、KLまでいって、べつにぶらっとしてもいいんだという、革命感。
これは、半年くらいの時間をかけて貴方にアジアご近所革命を起こします。

先日もKLを拠点にいろいろ行っていたのですが、運賃はなんと往復で15000円でした
(燃油、諸税こみ)
エアアジアのKL路線は、いまもキャンペーン
でているので、最安で往復25000円(燃油、諸税こみ)で行けます。

ぜひみなさんも、ぷらっとアジア、生活圏を感じる体験をしてみてください。



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自分の好きなことを追求し、ニッチなところで、数人が安定的に食える居場所を見つけるスモールビジネスモデル2.0の概念 – ノマドと相性がいいのは、フリーランスではなくスモールビジネスだ

世の中ホントにいろんなニーズがあります。
最近アジア諸国にいってみてわかったこてゃ、ビジネス機会はいろんなところ、いろんなやり方にあるということです。視点がひろがった感じです。

ビジネスを起こすという一見規定のレールからはみ出した行為ですらも、実は、暗黙のうちに規定のレールにハマっていませんか?つまり、漠然と、今の時代だからソーシャルや社会的テーマで起業しなければダメだ(カッコ悪い)みたいなへんな強迫観念があったりしませんかね?ということ。

学歴の高い人ほどそういう概念があります。



一時期、社会起業なるものがもてはやされ、慶應SFCなどの学生が大量に食らいついたのもそうでしょう。

慶応生なので、へんな企業にはいきたくないが、SFCなので単に大企業にいくのもあれだ。そこに、新しめのレールという社会起業というキーワードがでてきたのだから、これに乗っかりまくったわけです。
要するに、トレンドは変わっていても、レールに乗りたがる傾向はあまり変わってない。

そうではなく、自分の考えをもって、ビジネスも選びましょう。


ソーシャル界隈や社会起業などは、いまみなさんが見ているレールは1%。ここに殺到するのは変わっていません。のこり99%の世の中が、もっと普通の業界で小さな中小企業で動いています。企業数では99.7%が中小企業で、雇用の70%は中小企業が担っています。

1%に殺到するのではなく、99%のほうを視点を広げてみてみて、自分なりのポジションを見つけていく。

これが大事だと思います。

僕は、スモールビジネスの時代がやってくると思っています。
大企業の枠が小さくなり、IPOを目指すような大規模な起業ネタが少なくなっていくなか、そんな大きな会社をつくるという目標ではなく、ニッチなところで、数人が十分食えて、楽しいとおもうことをビジネスとしてやる。成熟した社会ではこういう生き方もありです。

昔だと、スモールビジネスは独自の商慣習や企業の系列や下請け環境に閉じまくっていて、クリエイティビティが発揮できず、とても息苦しいビジネスだというイメージが多かったですが、いまは違います。

市場は世界に広がり、アジアと連携していろいろ仕掛けることもできます。
日本がいやなら他の地域でも勝負することができますし、外から日本に攻め入るひともいます。

例えば、シンガポールで暮らしながら、日本にすむITのエンジニアをつかって、企業むけの小さなITプロダクトを作って売るといったことで暮らしているひともいます。


同じく、シンガポールにいながら、韓国とフィリピンのスタッフをつかって、世界向けの小規模な情報サービスを運営しているひともいます。


こういう私も、人材のスモール企業を経営し(長期に国外にいるときでもネットを通じてスタッフとやりとりでき経営できてます)、その経営も約半分の時間できています。そして、半分をこうして執筆や言論活動にあてて、充実した時間を送っています。


ノマドとして自由に生きている感じのひとの多くが、場所と時間を選ばないスモールビジネスを作り上げたひとです。(フリーランスだけだと自分が張り付かないといけないので自由が大きく制限されてしまいます。ノマドと相性がいいのは、フリーランスではなく、仕組み化されたクリエイティブなスモールビジネスです)

これって一昔まえの中小企業のイメージとは違いますよね。
スモールビジネス2.0だといえます。

自分の好きなことを追求し、ニッチなところで、数人が安定的に食える居場所を見つける。これが幸せにつながると思うのです。 日本でなくてもいろんな所でみつけることができるほど国境がなくなり、視野もひろくなった。

スモールビジネスバンザイ!!

ご意見・ご感想をお待ちしております。

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マイクロビジネスの可能性 – 古典的な商売 x ニッチなターゲット x ITの力

副業でのマイクロビジネスが、リスクヘッジになるという話がでています。


会社員として給与が増えないところ、副業での収入ポートフォリオを持つ、収入の複線化というのにわかに注目されています。みんなが副業をもつのが当たり前の時代になっていくでしょう。


へんな話ですが、途上国の公務員は給与が激安で例えばベトナムの警察官は給与は3万円ほど。なのに、なぜか食えている以上に、車はベンツにのっていたりするw。実は、かれらは公務員の立場を利用したダークな副業(みかじめ料、言いがかりの罰金)に手を染めており、そっちの収入のほうが何倍もあったりする。
途上国では、給与よりも、いろいろな稼ぎ方を組み合わせて、なんとか生活しているというのが、普通の姿だったりします。
日本においても、本業の収入の伸びに限界が見え始めると、なにか別の仕組みをもって、収入を多様化する必要がありそうです。


では、どういう副業をしたらいいのか?というのがみんなの知りたいところでしょう。



よく考えがちなのは、ブログを書いてトラフィックを集めて、ブランディングを極めて、それでお金にしようということ。はっきりいってこれをマジメにやっても成果はでなそうなので要注意です。
あのイケダハヤト氏のブログが月に15万円を目指すとかかれていました。15万円を目指すということだから今は15万とは少し離れた10万円とかの数字なのだろうと推測します。

あれだけ注目されているひとで、毎日更新作業をし、フォローワーも数万人居るレベルでようやく月10万円。これでは、普通のサラリーマンが副業でやったところで、屍累々でしょう。結果、数百円しか稼げず、意気消沈してしまいます。
それに、ブログなどの媒体は熱意が必要。もし自分の関心がそれてきてしまったりして、書くべきことと書きたい内容がずれていくと、書きたくない記事を毎日書き続けるのは苦痛以外のなにものでもないでしょう。


みんなカッコいいビジネス(ウェブとかブログとか)で夢を見過ぎだとおもう。
もっと、バカにしているような古典的な副業をするべきなのです。
たとえば、安いものを輸入して売る。
これは、実に古典的な大航海時代からあるビジネスだ。

インドで買って、ヨーロッパに売る。商売の基本、商業とはこれのことを指しますからね。そういうこと。
今なら中国から輸入して、日本で売るというのもまだ大丈夫です。
もっとかっこよくいえば、地域の物価のアービトラージ、裁定取引というわけです。

みなさん、ネットの力を借りどころを皆間違っている。

ネットはブログを書いたりするのに使うんではなく、中国の業者と連絡したり、通関をウェブで効率的にしたり、ヤフオクで商材を売っぱらうために利用するのですよ。
古典的なビジネスが、個人で小規模でもできるようになった。ここに、ネット化の本質があるます。
貿易業を個人ができるようになる。これがネット化の本質です。
商社という看板がなくても、会社じゃなくても、保証金をつまなくても、いまや貿易ビジネスを世界中の商材から選び、自宅でネットを通じてやりとりと販売することができてます。

単純な輸入ビジネスで月10万円くらいの収入を得るひとはザラにいることがわかりました。tyk projectsのメンバーでも、輸入ビジネスで10万円以上の収益を上げていらっしゃる方がいて、報告していました。
私の知り合いでも、中国から自転車の部品を輸入して、ヤフオクで売って生活しているひとがいます。ほかに仕事はしていなそうなので、それだけで生計をたてているようです。


もちろん、コモディティな商品を売っていてはだめです。
自転車部品というのは、それなりのニッチな市場で、マニアもいて、良い物をそろえれば売れる。


古典的な商売 x ニッチなターゲット x ITの力


この3つの組み合わせの威力が増しているということでしょう。



地味で、人が馬鹿にしているような目新しくないビジネスのほうが、マイクロビジネスにはむいています。新しいサービスを作るより、古典的な1000億円あるような大きな市場のうちほんの少しの部分だけを取るほうが、ぜんぜん楽なのです。そして個人でもできます。
商売の個人化、ニッチターゲットへのリーチの可能性、世界からの容易な調達など、ITが推し進めている変化が、マイクロビジネスという形態にはよく現れていると思います。

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また、会員制有料コミュニティのtyk projectsではこのブログで扱っているテーマをさらに深く議論・実践しています。


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ノマドがカフェで仕事をする理由- 借りたくても借りれない東京の異常なオフィス事情

ノマドが大流行です。
テレビはどうやら単純化するのが好きらしく、ノマド=カフェを転々として仕事をする人、というかなり表面的な定義でノマドを紹介してしまったようです。

その定義の是非はともかく、カフェで仕事することについて、少々書きます。

カフェで仕事するなんて、仕事しづらいとちゃうの?というツッコミがけっこうありますが、そのとおりだとおもいます。
だた、その裏には、カフェを使わざる得ない事情もあるのです。

東京の賃貸物件の高さと、オフィス利用として借りるときに、えらく難儀な保証です。
事務所を借りようとしても、なかなか借りれない。

たとえば、ちょっとしたビルの狭い一室を事務所として借りようとしても、これだけ費用がかかります。

家賃10万円、共益費2万円。

敷金(保証金)3ヶ月 = 36万円
※事務所利用だと最低3ヶ月以上取られます。事務所だと4ヶ月くらいが多い。
契約料(礼金)1ヶ月 = 12万円
保証会社保証料 1ヶ月 = 12万円
家賃前払い 3ヶ月 = 36万円
火災保険 = 3万円

合計 99万円。
これが一括で必要です。これに引越し費用やら、オフィス家具を揃えたりするお金もかかります。
そして、住宅と違い、敷金はなんだかんだでほとんど帰って来ません。

フリーランスからはじめるノマドワーカーにとって、いきなり100万円では、独立費用のほとんどが吹っ飛んでしまうのではないでしょうか?

しかも、借りられるのは、



こういう雰囲気の雑居ビル。表参道や渋谷とかで探したら、100万円では上記が精一杯。あとはマンションの一室とかになります。

資本金を何名からか集めて、たとえば1000万円あつめて、複数人で起業するという場合では、最初から共同でのワークスペースが必要ですし、100万円の初期費用もなんとかなるかもしれませんが。

ノマドのように、会社の形態をとっていても、従業員は自分だけというような一人会社で、まだ仕事も十分に取れてないという場合には、オフィスにお金を掛ける場合ではありません。

一人で独立するひとが、オフィスを借りるといい始めたら、僕はまず止めるようにしています。キャッシュが尽きたら事業は終わり。貴重なキャッシュは、オフィスに出してはいけません。

なので、どうしても、最初はカフェで仕事するというのも仕方ない。
必要悪だと思っています。
ただ、さすがに毎日カフェは仕事の効率もあがらないとおもいます。

渋谷にコワーキングスペース「ポータル」-シェア住居のエッセンスを応用

最近は、会員制のフリーアドレスのコワーキングスペースなどが流行っています。
ノマドなひとは、まずはこれを借りることをおすすめします。
僕が最近見学したのは次の3件、

渋谷ポータル
表参道ポータルポイント
◎渋谷ヒカリエの中にある クリエイティブラウンジMOV

いずれも、フリーアドレススペースは月15000-30000円くらいで借りれて、フリーな会議机などもありお客さんを呼んでミーティングすることもできます。
カフェよりは絶対いいと思います。

しかし、根本的な問題は、東京のこの不動産を借りるときのハードルの高さですね。
100万円必要で、さらに、連帯保証なども求められ、なんだか死にそうです。
しかも一旦借りると2年は解約できないみたいな縛りがあります。途中解約は違約金とられたり。
要するに、ノマドらしからぬ身重な行為なんですね。

他の国はどうかまだリサーチ不足ですが、アジアの都市では、半年単位で借りられ、敷金なども1ヶ月とかで済むこともあるようです。オフィス自体が、件のシェアスペース並に気軽に借りれたり引っ越せたりするんですね。だから、べつにシェアスペースなんて借りる必要もなさそうです。

東京でも気軽に借りるたり解約したりできれば、ノマドは自分のオフィスを持つとおもいます。
だってそっちのほうが便利ですしね。

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弱者としての、ノマド、フリーランス

ノマドやフリーランスって、それ勝ち組の生き方だよね、弱い人にはできない。
という意見を聞きます。

そして、ノマドやフリーランスの中には、自分は勝ち組だとおもっていて、そういう振る舞いをしているひともいらっしゃるでしょう。

でも僕は、ノマドやフリーランスなんて、既存の社会の仕組みに適応できなかったドロップアウト組にほかならないとおもっています。自慢するようなもんじゃありません。

適応できないので逃げてしまった生き方。ノマドの元々の思想は逃走ですから。
ノマドやフリーランスなんて、社会のカス、ドロップアウトの人材なのです。
僕も、それを自覚しています。



すこし僕の話をします。

エスタブリッシュな社会、つまり、大企業や公務員といったところでキャリアを積むのが既存社会の王道です。僕自身は、それにまったく適合できませんでした。

僕は、大学を出て就職するとき、日本の企業に入ったら息が詰まって死んでしまうと思い、外資系の企業に逃げました。就活学生さんからは、外資のコンサルに入るなんてすごいみたいに思われているのですが、僕の中の感覚では、逃げです。日本企業で働きたくない。自由で実力主義で若くから戦える環境で仕事したい。だから、外資のコンサルに逃げ込んだのです。

コンサルの仕事はとても楽しかったです。ビジネスマンとしての基礎スキルも学び、有意義でした。いまでも感謝しています。

しかし、外資の企業もそうそう簡単ではありません。激しい出世競争と長時間労働。下手すると首になる。パートナー昇進まで、だいたい15年。長い・・・
そうぼくはせっかちなのです。一つのことをずっとやるのが苦手です。そういう出来上がった企業のなかで15年も働くのは、ぼくには想像できませんでした。

なので起業しました。
これも、ある意味では逃げです。
起業すればサラリーマンという枠組みから自由になれる。
(もちろん起業には別の苦労もありますが)

1998年ごろ、最初のインターネットブームがおき、現在残っている企業でいうと、楽天やサイバーエージェントがこの頃に創業されました。

それまでは、経験の浅い若者が企業をつくるなんてことは許されざることでした。経験あるひとが企業をつくり、長年がまんしてようやく株式を公開する。そのころ株式の公開までかかる時間は、平均して25年間でした。

それが、インターネットという新しいテクノロジーと、ベンチャーキャピタルというマネー、そして東証もマザーズなどの出口を用意することになり、一気に、起業というキャリアが、現実味をおびてきたのです。
そのなかで、何人ものスター起業家がうまれ、ホリエモンはその象徴です。

大企業といった既存のレールにのって頑張るのがもう耐えられない人でも起業という道が許されたのです。いままでは大企業のレールを外れるひとは、ドロップアウトと呼ばれました。
東大中退で、学生時代から企業をつくっていたホリエモンなんかは、典型的なドロップアウト組です。

そういうドロップアウト組が、起業というストーリーを得て、
「俺達でもやっていいんだ」「成功できるんだ」「生きていけるんだ」「賞賛されるんだ」
という世の中になったのです。

いままでは、ドロップアウトは、なんとか更生して、既存のレールに再度のれたらゴールだ、みたいなところがりました。
しかし、ドロップアウト組は、既存のレールがいやだから辞めたので、それに戻ることは死です。

起業というストーリーによって、既存のレールから外れたままでも、生きていくことが認められた。


僕は、その起業というストーリーに、心底、勇気をもらいました。
サラリーマンをやることが辛い僕が、起業というストーリーでなら輝けるかもしれない。


起業家なんて、全員が全員強いわけじゃありません。

既存のレールから、ドロップアウトして、自分で商売をはじめるほか生きていく手段がなかった、だから会社を作らざる得なかったというひとも、実は僕は何人かしっています。

後ろ向きの理由でしょうが、それも起業なのです。そしてその起業という生き方が社会的に許されるようになったいま、ドロップアウトで起業した人は、本当に心が救われているでしょう。

他人の商売(大企業)に就職しなくても、自分で商売して生きていくという生き方でもいいんだ。それで、生きて行っていいんだ、そういう安堵感です。

—–

しかし、なんだか今度は起業もエリートコースになってしまいましたw
超一流のテクノロジーを持った人の専売特許にw

いまや、起業するなら、かなりのテクノロジーとビジネスモデルをもって、ちゃんとした計画に基づいて起業して、急成長しないとダメみたいなことが言われています。

いま起業を志す人は、とてもプレッシャーがあるでしょう。起業するなら大きな物をつくらないと意味がないというプレッシャーです。

起業したからには、年収何千マンもかせがなくてはいけない。年商何十億もの企業をつくらないと意味がない。株式公開を目指さない起業は意味がない。そういう感じ。

または、社会性みたいなものもプレッシャーになります。

社会的意義のないものはクソだみたいな風潮があふれ、金儲けなんてくだらない、社会起業こそが素晴らしいみたいにいうひともいます。
なので、社会貢献性が薄い事業をやろうとするひとは、これでいいのだろうかと悩むことになりました。

僕は、再度ドロップアウトしました。
僕には、売上1000億あるような社会的に意義のある企業をつくるのは無理だとわかりました。そういう企業を作るのに邁進することも、僕は辛く感じでしまいました。

なので、小さく僕と、僕の周りだけが快適に生きていけるような規模の企業を作り、成長を目指すのではなく、ゆっくりと生きてけるビジネスを始めたのです。

それが、ノマドや、フリーランスだと僕はおもっています。
サラリーマンからも、ベンチャー起業からもドロップアウトwwした人々。

つまり、すべてからドロップアウトして、
「個人」という単位で、生きてくということでしか生きられない人です。

そういう、究極のドロップアウト組がノマド・フリーランスなのです


ノマド、フリーランスの人は、肩身が狭いです。

大企業や社会のレールからは外れている。

大きな会社をつくって、ビジネスを拡大するのが是というレールからも外れている。

社会貢献できるような崇高な思想をもっているわけではない。

組織にも馴染めない。
組織を作ることもできない。

これらのひとをどうやって更生するか?

既存のレールに再度のるのではなく、立派な起業家や社会活動家に改心するのでもなく、ノマドのまま、ドロップアウトのまま、なんとかノマド個人が生きていく仕組みができれば、それでいいじゃないですかと思います。
そういう生き方で、生活できれば、ノマドの人も大きな勇気をもらえるとおもうのです。

ノマドやフリーランスという行き方でも、生きていいんだ、生きれるぞっていう希望です。

月10万円くらいのビジネスでもいい。
なにも大きなものをつくらなくてもいい。

年収300マンの商売でもいいじゃないですか。

月10万円でいいから稼いでシェアハウスで生きるのも、
スカイプで人生相談するのを生業するのも、
ニートが生活費の安い海外で生活するのも、

いままで、そういう生き方のひとは、まったく稼ぐことができなかったのに、ようやくその生き方でも生きれるようになったのです。

月10マンじゃ子供も持てませんって?

結婚して子供を育てなくては人として立派ではないという価値観。
そういうのも或るでしょう。僕は、そうやって家庭をつくっているひとを尊敬します。
でも、結婚できないひとだっているでしょう。家庭づくりみたいなのが、苦手なひとだっているでしょう。

僕はいま36歳です。僕だって、まだこの年になって結婚できてませんし、結婚できるかどうかもわかりません。そのプレッシャーだって結構感じます。

模範的な生き方から外れたひとを許さない圧力、失敗を許さない圧力。
それが、日本が生きにくい世の中になってしまっている原因だとおもうのです。

既存のレールからドロップアウトした人、既存のレールに乗れなかったひと、そういう人がわんさかいますし、これからもどんどんでてきます。

そういうのが息苦しくて仕方がない人は、ドロップアウトして生きて行ってもいいんですよ。
それがノマドだというように思います。

そんな生き方でも、生きていけるぞ、生きていいんだ、生きれるぞ、という希望が持てれば、ぼくはその生き方を肯定します。


ゲリラ戦です。隙間を突いてなんとか生きていくということでもあります。なんとか食っていく手段ができてきた、武器が与えられたということなのです。

インターネットやSNS、それからグローバル化によって、多様なマネタイズの手段ができ、いままでのような労働とはちがったやり方でもお金を稼げる仕組みもでてきました。

カルチャー面でも、日本に馴染めなければ海外に行けばいいという移動の自由もでてきました。海外で就職という手段も現実化しています。

僕が、ニートをセブに送って生活させてみようという計画に参加してみたのも、そういう意味があります。日本では生きていくのが辛くてニートしていたひとも、東南アジアに馴染んでなんとか生活できるようになり、結婚して家庭も持てた例も知りました。

海外就職や海外キャリアも関心をもって研究しています。日本の企業に就職できなかった人や、馴染めずやめてしまった人が、アジアの現地の企業に就職して生き生きと働いている事例もしっています。

個人でも戦える時代になってきています。個人という単位が社会に認められてきて、個人でも社会にかかわれるようになってきています。

そういうものを得て、ドロップアウトな生き方をするひとが、すこしづつ元気になってきているというのが僕の実感です。

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P.S 最後に、

ノマド、フリーランスの中には、結果として儲かっているひともいます。そうなったら、当人にとっては、多分最高の生き方ですよね。
各自ノマドなりのやり方でいいんで自立して生きていきましょう。
社会のお荷物ていわれないよう、頑張って稼せごうぜ!



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パブリックマンに提案するセブ15万円極楽生活

という、勝手なタイトルでごめんなさい。許してください。

パブリックマンの3月決算をみて驚きました。パブリック宣言のときは月3万円の収入だったものが、あっというまに15万円に増えているのです。

何より、クソ笑ったのは、スカイプ相談サービスの急激な伸び率です。
(知らないひとのために解説すると、スカイプ相談サービスとは、パブリックマン氏がスカイプで人生相談を承るという爆笑サービス。なんと一時間2000円です。)

中学生並みのビジネスモデル、大学生の家庭教師並みの料金(一時間2000円)で、爆笑のなかアナウンスされたこのサービスですが、開始わずか、一ヶ月で38件もの申し込みがあったとのことです。しかも、このスカイプ相談サービス、人気過ぎて、一週間先まで予約が一杯とのこと。まさに笑劇をとおりこして、衝撃です。

平均してみると、平日一日あたり2件、2時間ほどの稼働。それで、月に87000円の売上を得ています。



そのほか、アフィリエイトなどいれ、月15万円の収入が確保できることがわかりました。
これは、ブラックな企業や、福祉サービスの過酷な現場で得られる手取りとさして変わりません。

わずか一ヶ月でここまでいくとは。
スカイプ相談なんて、はじめはみんなネタとしか思っていなかったと思いますが、わずか一ヶ月でブラック企業を超えてしまったのです。しかも労働時間は一日2時間。

そして、パブリックマンは、先月は電車にのったのはたった1回だと漏らしていました。
つまり、ほとんどは家に閉じこもっているのです。

家から一歩も出ずに、ネットだけで、月15万円の収入を創りだしたのです。
まさに私が、海外ニートや、セルフオフショア、のエントリで提唱した理論を実践してしまっている。

ネットは場所を選びません。
となると、なぜ、彼が神奈川県の実家でこんなことをやっているのかということが疑問に浮かびます
セブ島で同じ事をやれば、もっともっと楽しい暮らしができるのです。

パブリックマン批判でよくあるような、

「インターネットがあるから食べていけてるんではなく、お母さんのおかげ(パラサイトで衣食住はお母さんもち)だからだろう。小遣い程度の収入をえても結局同じ」


という批判するひとも

「ごめんなさい」

とひれ伏すに間違いなしです。

それを証明するためにセブでどういう暮らしができるか、具体的な事例をもって、お話ししたいと思います。

これが、僕がセブで見学してきた物件です。
セブの中心部ITパークからタクシーで10分。(70ペソ=140円くらい)
の閑静な住宅街にある新築の物件です。
ヴィレッジといって、門に囲われた住宅専用の広大な敷地のなかにあり、緑豊かで、治安も完璧です。


この部屋は二階で、14畳ほどのリビングと、ベットルームが2つ。バスとキッチン付きです。
値段は、16000ペソ。32000円です。

えっ?

はい、ホントに安いのです。ぼくも信じられません。
しかも新築ですよ。


おしゃれな、照明までついていて、こんなかんじです。



窓からの風景。駐車場もありますよ。もちろん。
更に、この物件の動画もありますので、リンクしておきます。

ノマドに対する意見として、

「ノマドっていったって、結局貧乏生活だろ?そんな生活してどこがたのしいの?」
「パラサイトしないと食っていけないだろう」

というものがあります。
しかし、パブリックマンの収入なら、すでに、このような家に住むことが可能です。パラサイトではありません、実家ぐらしでもありません、自分で家賃を払い、ここに住めます。

暖かいく花粉も冬もない気候の中で、リゾートな格好で、ベランダでスカイプ相談を一日二時間。
これで、十分くらせてしまうのです。

さらに、家賃を払ったのこりの生活を検討してみましょう。

パブリックマンの収入は月15万円。そして、この家に住んだとすると、のこりのお金は12万円です。
この家にして、3万円ですから、のこり12万円あれば、どれだけ豪華な生活ができるかは、みなさんも想像出来るのではないでしょうか。
フィリピン人の公務員の月収が3万円ほど。月5万円稼ぐひとはなかなか良い稼ぎです。
ですから、パブリックマンはすでに、その3倍ほどの可処分所得があるのです。

もう一度セブの物価を教えます。

コーラ 10ペソ=20円
サン・ミュンゲル ビール 22ペソ=44円
ピザ(直径30cm) 160ペソ = 320円
マンゴー1kg 100ペソ = 200円
タクシー初乗り 50ペソ = 100円
昼飯(街の食堂)おかずとご飯とスープ 70ペソ = 140円
フットマッサージ 1時間 200ペソ = 400円






こういったおいしい料理も、20品くらいたのみ、7-8人でシェアして、一人500ペソ=1000円でした。もちろんビールものみまくり。笑っちゃいますね。


つまり、パブリックマンは王様のような暮らしが出来るってことです。
なんか、ブラック企業で働くのがバカバカしくなってきましたね・・・・

パブリックマン氏よ、セブ島に行くべきです。
というか、お願いだからセブ島にいってほしい。
もはや、懇願させてください。ペコリ。

#パブリックマンさん、ネタっぽく使ってしまいごめんなさい。私は心からパブリックマンの生き方を応援している一人です。そして、セブにて「インターネットさえあれば生きいける!」というあなたの宣言を見事に証明して、世の中にさらなる一撃を食らわしてほしいと思っています。


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経済成長と評価経済のボタンの掛け違いはどこにあるのか?

どうも最近、ツイッター上でも、経済成長派と、評価経済派がドンパチやり始めた気がする。
そうはなるのではないかと予想していたが、なかなかそのとおりになっている。

両方ともに原理主義的な主張をし始めると、折り合いがつかない。

・納税するだけでも社会貢献だ、社会貢献を履き違えている
・稼がなければ、そもそも貧困に陥ってしまう、その時だれが助けるんだ
・イノベーションはだれが作るのか?

一方で、評価経済がすべてを代替するという主張も極端すぎである。

・お金のために時間を使うなんてもったいない
・ソーシャル・キャピタルさえ蓄積すれば生きていける
・お金など戯言

少なくとも僕個人は経済的な話も、評価経済的な話も両方わかる微妙な年齢にいて、ネットベンチャーのとき起業したり、マネーゲームも知っている。そして、起業したネタが今でいう口コミメディアみたいなものだったので、評価経済の仕組みもわかる。つまり、両方わかる気がする。

で、ボタンの掛け違いがどこにあるのかを分析しよう。

非常に長文になってしまったが、僕のここ半年の考察を全部まとめたものであるので、読んでほしい。



例によってコンサル的にマトリクスをつくってみた。


マトリクスの横軸は、マズローの欲求といって差し支えない。


◎モノの世界
というのは、マズローのいうところの低位の欲求、
生理的欲求(食べたり)、安全欲求(安全に、健康に暮らす)を始めとして、
言い換えれば、食べ物、家、車、といった、物質的なものとしての豊かさの世界だ

◎自己実現の世界
というのは、モノではみたされない、幸せであったり、承認欲であったり、自己実現や達成感といった高度な精神的な悦びである。
マズローの話では、モノの世界の欲求が満たされ、次第に人間は自己実現をもとめるようになるという。

マトリクスの縦軸は、達成手段である
それぞれ、いわゆる経済成長か評価経済か、どちらの方法でそれを求めるかである。

順番に分析していこう

①自己実現を経済成長に求める世界⇒閉塞感、働いても幸せになれない

僕らは、十分に経済成長し、モノと言う意味では十分すぎるほどの豊かさを手に入れた。しかし、幸せでない。これがほぼ日本の現状のコンセンサスであろう。で、幸せを手に入れるのに、経済成長だけでいいのか?という議論がなされている。

この象限は、経済成長を手段として、幸せはあるのか?という問いである。
経済原理主義者は、これらの幸せも、より多くの経済成長があれば、十分に達成できると考えている。その意見には僕も一定で賛成で、下世話な話、例えば明日から日本が10%成長したら、殆どの人の悩みは吹っ飛び、みな浮かれるであろう。これはまちがいない。仕事も楽しくなって、仕事を通した自己実現もできるだろうと思う。

ただし、そもそも、先進国の経済が年率10%といった具合に伸びることは構造的に無理である。容易に摘み取れる果実が減った結果、成長すること自体が難しくなっている。

構造的に難しいものを、苦労してまで追い求めても、労働投入の割に得られるものが少ない。つまり、簡単にいって、より多く働いても、得られる収入は大してふえないのだ。

人生における成功のロールモデルを、成長のみに立脚すると、(いまやそれがほとんど達成不能なのだから)、息が詰まる結果になる。仕事をとおした自己実現がしにくい世の中なのだ。

それなら、現在でも十分にモノという意味では満たされている世の中で、無茶に成長を求める理由は少なくなるだろう。仕事はそこそこにして、もっと自由な時間を得たほうがいい。ヨーロッパ的な成熟国の発想になる。


②自己実現を評価経済に求める世界⇒親和性が高い

では、経済成長では得られない、高度な精神的な充足をどこで得るのか。

それが、評価経済なり、ソーシャルネットワークの発達による、人間の繋がりであったり、共有であったり、相互承認であったりするのだろう。

経済の成長では得られない何かを、新しいツールによって僕らは得ようとしている。
だからみんな新しい世界を垣間見て、興奮しているのだ。

僕は、”これを成功ロールモデルの多様化”といっている。いままでは、とにかく金を稼いだりでかい会社をつくることだけが、成功のロールモデルだった。
ソーシャルの出現で、より多様性のある自己実現の手段がうまれ、お金ではない、多様な、自己実現モデル、成功モデルがでてきている。そこが多様化しているのだ。

ソーシャルの本質はそこにあると僕はおもっている。

またこれらの活動によって生み出された幸せや富はGDPには反映されない。ソーシャルメディアは多少広告業界を豊かにしても、GDPを革命的に押し上げることは今後もないだろう。ソーシャルメディアで儲けようと考える人は、すべて失敗するだろう。


つづき
③④が論争の種にっている

③モノやインフラを経済成長で賄う世界⇒1,2%の成長が必要


僕らは、経済成長をしながら、必要なモノやインフラを手に入れてきた。

極端な成長不要論者は、今後もさしたる苦労なくこれらが維持できるとしている。
それに対して、そんなことはない、成長なしには、貧乏になるとう反論がある。
僕は、この点では、後者がが正しいと思う。

現在のインフラや生活を維持していくためだけにでも、ささやかな1-2%の持続的な経済成長は必要である。

2%の成長の国と、0%成長の国では、約35年で倍の差がつく。つまり1世代程度で、倍。2世代で4倍の格差が生まれる。いま日本の1/4の所得水準の国を思い浮かべればいいだろう。

たしかに今はいい。
しかし、20年前にはiPhoneもネットもなかったように、20年後、50年後の社会はもっといろいろな物が発明され、世の中は便利になっているはずだ。そのとき、それらの便利なものを買って取り込むだけの所得水準を維持するだけでも、1-2%の持続的な成長が必要なのである。


評価経済では、この1-2%の持続的成長を無視しているか、あまりに軽視している。なかにはマイナス成長を許容する人もいる。そこがいつも論争の種になっている。

もちろん子供の世代には所得が半分になっても構わない、先進国の生活やインフラを維持する必要なんてない、極端にいって自給自足のような生活でもいいというのなら話は別だが、多くのひとはそれを望まないと思う。

BIという話もある。BIを実現するにも、持続的な経済成長による原資が必要であろう。1-2%の持続的な経済成長を達成するだけでも、日本は構造的な問題を解決していく必要がある。

④モノやインフラを評価経済で賄う世界⇒本当かよ?


評価経済で最低限がまかなえるのか?という論点である。
評価経済原理主義者は、これがまかなえると主張する。

そんなの幻想だ!
いやできる!それが未来の世界だ!

議論は堂々巡りだ。

私の意見では、アイデアを議論するのは面白いと思うが、あまりに時代の先をいった議論なので、現時点でこれに白黒決着させる必要はまったくない。アタマを冷やそう。
仮に評価経済だけで生きていけるひとが出てきても、別にそれでもいいだろうということだ。

<総括>
私の意見を総括すると、次のようになる。

i) 容易に摘み取れる果実が減った結果、先進国において、今までのような大きな成長を実現すること自体が難しくなっている。経済価値や、仕事を通した自己実現が難しくなってきたのだ。

ii) 成長に上限がかかった結果、僕らは経済成長以外の価値観によって、高度な自己実現欲求を満たす必要がでてきた

iii) そこに、ソーシャルメディアという福音が現れ、経済成長以外の方法(評価経済)にて、自己実現が可能になった。
成功ロールモデルが多様化した。今後この分野は大きな発展を見せ、人類の精神を革命的に押し上げるだろう。だが、GDPが増えるわけではなく、これで儲けようとしてはいけない。

iv) しかしながら、現在の生活水準を維持するだけでも、ささやかな1-2%の持続的経済成長は必要であり、これはリアルな問題であり、これを達成するだけでも日本は構造的な問題を解決していく必要がある。

v) 結論として、1-2%の経済成長をしっかり維持した上で、ソーシャルメディアを使って、めいいっぱい幸せになろうということである。どちらが欠けても、今後の日本は暗いものになってしまうと思う。

そして) 先進国では成長に限界が見てているというが、これはイノベーションの不足によるものである。数すくないがイノベーションを作り出す人もあり、それらの人がいつも時代を牽引してきた。人類の未来を実現してきたのは、常にそれらの人である。評価経済がといっても、その実現のためのツールをつくったのもそれらの人にほかならない。
僕らが真に推進すべきは、いかにしてイノベーションを起こすかということに他ならない。


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単に日本だからといって高いものはスッパリ辞めた件

昨年から、色々な国をまわり、単に日本だからという理由でアホらしいくらいに割高なものが目につくようになってしまった。新年にあたり、思い切ってそういうのは全部やめてしまった(買わなくなった)

ここは日本だから、という理由だけで、単に高いものは結構ある。
そういうのは、生活を豊かにしないのに、外から見てみないと、なかなか気づかないものだ。

普段なにげなく使っているから、昔からそうだったからとか、
高いのは気づいていても、たまに買うくらいだから仕方ないとか、
空気なので高くても我慢せざるえないとか。

そういう言い訳を一切排除して、いまゼロベースで消費行動を変革している。
僕は消費の仕方を完全に見なおしている最中だ。

常識にとらわれず、人生を豊かにするもの、真に価値があるものだけにお金を使うことにしている。

代表的な7つの例を書いてみる



(1)宅配ピザ
糞高くで、ピザの上に糞をもってあげたいくらいだ。
ドミノ・ピザでは、マルゲリータのピザがLサイズで2800円。カマンベールミルフィーユシーフードは、なんと3950円もする。いまやドル換算では、36ドル、51ドルだ。

ピザ一枚が51ドルとは、アメリカ人が思わず糞をもらしてしまうレベルだろう。
アメリカでは、スポーツ観戦しながらピザを頼むひとが多いと聞く。NFL(アメリカのアメフトリーグ)の試合をみていると、ピザの宣伝ばかりだが、$9.99ドルというのもあり、any pizza ラージサイズも $11という宣伝をしている。

ホームパーティーなんかでは、ピザを頼むひともいる。5倍もするピザをくってパーティーするなど胸糞わるくなるだけなので、ホームパーティーなのだから自作のピザを焼いて欲しい。

(2)タクシー
シンガポールで深夜、中心街から空港までタクシーでいったら21ドルちょっとだった。小銭がないので50ドル札をだしたところ、30ドルのお釣りが来た。20ドルにまけてくれたのだ。
20シンガポールドルは現在1200円ちょっとである。

日本のタクシーは誰もが知っているように罰金としか思えないほどに高い。
終電で帰る。そうすればタクシーは使わないですむ。単純な話だ。
僕はここ半年のなかで1回しかタクシーはつかっていない。たぶん今後もほとんどつかわないだろう。

(3)米
米にいたってはまさに噴飯ものである。
米の価格は、単純に外国の6-8倍は高い。
コシヒカリは10kgで4000円近くするが、外国では最高級のインディカ米を買っても1000円程度であり、普通の米なら600円程度である。

日本は米の国なのだし、主食であるのだから、国民はおいしい米を、安く食べられなくてはいけないはずだ。それなのに、この国の主食は、多の食品にくらべても恐ろしいほど割高である。
チェンマイ産のコシヒカリなどもあるというので、もはやである。

僕はここ半年ほど米は買ってない。

(4)成城石井
なんだこのスーパーは。単に高いだけである。輸入物の乾物しか売ってないし。
良い物なら高いって?
ワインも、単純に同じものが他店の数割増しの値段で売っている。
タイカレーのペーストも、他店のものと何が違うのかは私の舌では到底理解できないだろう。
この店で買物をする人の神経がまったく理解出来ないが、成城石井に寄付でもしたいのだろうか。
僕が成城石井で食品を買うことは多分無いだろう。同じ業態の”やまや”を尊敬したい。

(5)ビール
350ml缶のビールの税金は78円である。約4割が税金である。
ビールは大概どの国にいっても1缶100円くらいで飲めるものだ。イスラム圏であるマレーシアでも日本ほどビールは高くない。

ここ半年ほどビールを買ってない。本当である。
ウイスキーや焼酎にした。

(6)バー、ワイン
もう、バーにいって、高い酒を有りがたく飲むような時代は完全に終了しただろう。
いわゆるショットバー、麻布のバー、おしゃれなワインバー、全部まとめて、ゴミ箱行きだ。
ぼくはワインは好きなのだが、ワインバーには人のおごり以外はめったに行かない。何しろワインに詳しすぎて、どれが幾らで売っているのか全てわかってしまうからだ。よくお酒は原価の3倍で出すと言われているが、ワインは売れ残りリスクがあるのか、更に高い。

同様にレストランでハウスワイン以上のものを頼むことも今後もまずないだろう。
最近はもっぱら、ワイン持ち込みが無料のお店に、自分のセラーからワインを持って行って楽しませてもらっている。

(7)結婚式
結婚式もやめた。あれは、身の丈以上になる結婚費用を、参加者からご祝儀という名目でファイナンスするためのスキームに過ぎない。
ここ3年ほどはすべての結婚式は断っていたが、今年から方針を転換した。
招きを断るのは辞めることにし、そのかわり、手ぶらでいくことにした。なので、びっくりしないでほしい。それでびっくりするようなら、やっぱり単なるファイナンスとしての機能を期待しているに過ぎないということだ。

追記
(8)国内旅行
高い、どこ言っても地域振興の施設が金太郎飴みたいな感で立ち並ぶ。国内の観光地に旅行にいくほど最悪な経験はない。
現在は、国内旅行は登山のみに限定している。
(交通費が高いというのが国内旅行の最大の欠点なので、今年できるLCCに期待したい)

しがらみ的に使っていたお金を切り捨てると実に爽快だし、もっと素敵なものにお金を使う日々はとても素晴らしい。

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別荘ではなく、むしろ東京の家を引き払うべし

週末は別荘。平日は都内でバリバリ仕事をして、週末は郊外の別荘でリフレッシュする。そんなライフスタイルが「理想」とされてきたと思う。都会と田舎の二重生活に憧れる気持ちは根強いものがある。
別荘の販売は下火のようだが、近年、週末にシェアでかりられる別荘がよく宣伝を出している。不動産の所有権を買うのではなく、利用権を買う。年に何日ときまった日数だけ泊まれるような別荘だ。

このタイプのものは、都内の家がメインで、別荘はリフレッシュである。
東京で仕事をして、余暇は田舎で過ごす。
こういう図式は揺ぎ無いとおもっていたとおもう。

しかし、ぼくは、敢えてこれを逆転させたほうが時代に合っていると考える。
つまり、田舎で気分よく仕事をして、東京に余暇(刺激)を求めてやってくるというものだ。


生活コストが安く、住環境のよい田舎を自宅兼オフィスにして、平日は仕事をする。
環境のよい田舎で、朝おきると空気はよく、通勤ラッシュから解放され、広々としたきもちで仕事ができる。実に気持ちがよいものだ。雑念を取り除き、集中して仕事に取り組むことができそうだ。

そして田舎はコストが安い。沖縄などでは東京の半分くらいのコストで借りられる広い物件などがあるし、北海道の古い一軒家を借りてみるのも良い。沖縄は暖かく、北海道には梅雨がない。
物価も安く、相対的な生活レベルはぐんと上がるはずだ。

しかし、田舎にこもっているとやっぱり退屈する。たまには遊びにでかけたい。それに、すこし情報の波から遅れることもある。
なので、月に数度、週末にだけ、東京に出かける。
東京で人に会い、新しい情報を仕入れて、それからちょっと遊んで、また田舎のオフィスに帰る。

むしろ東京の家を引き払い、東京のほうをテンポラリーとしたほうが効率がよい。
家賃が高く住環境の悪い東京の家をずっと借りず、シェアハウスに数日だけ滞在したり、ゲストハウスなどを利用して、東京の滞在のほうをテンポラリーにしてみてはどうか?

同様に、田舎ではなく、海外に本拠をもつのもおすすめである。
ベトナムや、フィリピン、タイなどの新興国に住んで、安くて楽しく暮らし、そちらを本拠とする。そしてたまに東京に帰ってくるのだ。

田舎や海外で仕事をして、余暇を東京で過ごす。
まったく逆のスタイルだ。

・通信手段の進化、スカイプなどで、リモートでも仕事ができるようになり、
・フリーランスなどの仕事スタイルが浸透し、滞在場所が自由になったことをうけて、
・むしろ住環境がよくコストの安いところを本拠として、
・東京などの都会は、情報収集と、人脈づくりのために、スポットで活用する

実際に、とあるセブに施設がある英会話学校の経営者はこのスタイルだ。
従来ならば、本拠は結局東京で、セブに長期出張でいくという2重生活スタイルをするのがいままでだろうが、この方は違う。
セブに生活の拠点を全部移してしまい、東京にもちょくちょくやってくるが、東京はテンポラリーで過ごしている。東京に滞在しているときは、シェアハウスに泊まり、コラボオフィスでノマドワークをしているのだ。

僕も、東京の個人事務所は来年中に引き払うつもりである。
海外にいくつか拠点をつくり、そちらをメインにして、東京はテンポラリで帰ってくるというライフスタイルに変更するつもりである。


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2つの境について – 僕達を閉じ込めるものまたぐ勇気と、見えない境を見ることができる賢明さを

境、何かを隔てるもの。
ぼくは、境には2つのタイプがあるように思える。

一つは、社会の境だ。自分たちを規定する境である。
もっともわかりやすいのは、国である。国境は人を国内に閉じ込め、移動を制限する。
性別もある種の境であり、年齢や世代も境を作っている。
会社という枠組みもそうだし、地域や、グループ、なんでもいい、人があつまり、社会性を帯びると境ができていく。そして自ら、その境のなかで自分の立ち位置を認識し、それを守ろうとする。
これが定住の思想だ。
国、男女、会社の役職、年齢、世代、それらのなかで自分の相対的な立ち位置を知ることによって自分自身を認識する。日本人はそうやって自分を認識すると言われている。個ではなく、グループ内の相対的な位置によって自分を認識する。だから、グループがなくなってしまうと、個もなくなってしまう。



放し飼いの鶏がいる。
いずれさばかれて食卓にのぼる運命にあるのだが、その鶏にはそれはわからない。
囲いがあるわけでも無いのだから、鶏は、飼い主のもとを離れてもいい。
ただし、鶏は離れようとはしない。

会社に所属せず、フリーランスで仕事をするのは、会社という境を超える。
一つの仕事をするのではなく、2つ3つの仕事をテーマをもって取り組むのは、職業という境を超える。
一つの国にとどまるのではなく、幾つかの国に仕事をもち、往き来するのは、国や文化という境を超える。
男性が子育てをするのも、女性が家庭を支えるのも、男女の役割という境を超える。

今の日本において、僕らは、境をまたぐことができるだろうか
境にこだわらず、境にとらわれず、自由にまたぐことができるだろうか。
境をまたぐ勇気をもち、境をまたいでも揺らがない自分を持つことが出来だろうか。

もう一つの境は、知らずに通り過ぎている境である。
ブラックホールに”事象の地平線”というものがある。
ブラックホールというのは、光さえも脱出できなくなるほどの、凄まじい重力がある。光さえ脱出できないから、ブラックホールは真っ暗に見える。その真っ暗の半径が”事象の地平線”だ。これを超えたものは、光でさえ外に脱出できない。
光が脱出できないのだから、他のすべてのものも脱出できない。
絶対的な帰還不可能な線である。

しかし、その線は、宇宙の空間に線となって見えているわけではない。論理的な線なのだ。
そこを超えてブラックホールに落ち込むものは、自分がいつ帰還不能点を超えたのかはわからない。いつの間にか帰還不能点を超えていて、自分が決してブラックホールから脱出できないことを、あとになって知る。
これが、もう一つの境である。

その境は、自分が境を超える瞬間は見えない。気づかない。
境を超えたのか、超えてないか、それは自分でも気づかず、後になって初めて分かる。
超えたとわかったときにはもう戻れない。

そのような境がなにであるのか。

ナチス・ドイツが台頭したとき、冷戦が始まり東西に国境がしかれた時、38度線が形成されたとき、これらの時も、渦中のひとにとって、明確な境はなかった。しかし、気づいてみると、その境は絶対のものになっていたのだ。

知らずに超えている境があることに気づいているだろうか。

今の日本において、その見えない境とはなんであろうか。


2つの境がある。

1つ目の境に、僕らは自分から閉じこもり、
2つ目の境に、僕らは気づくことができない

閉じこもらず境をまたぐ勇気を。
そして、見えない境を見ることができる賢明な目を。

このふたつを僕は持ちたいと願う。

勇気を持ち、賢明であらんことを。



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成長しない先進国での生き方

成長しない先進国の仲間入りをして20年。
そろそろ、日本人も、生き方を転換したほうがいいことにうすうす気づいてきたとおもう。
それについては、ゆるく生きようとか、ノマド的に生きようとかいろいろあるのだけれども、どういう変化がおこっているのかをまとめてみる

つまり、
欧州のように、日本も成長経済から成熟経済になったことを認識し、
成熟経済のなかでどう生きていくかという発想に転換しないといけない

沢山稼ぐ→楽に生きる

への転換である



①経済は成長しない、税金は上がる
もう中国のように年に10%成長するようなことは考えられない。どれだけ成長政策を追求した所で、年に3%がマックスだろう。1%程度のゆるーい成長が前提となる。人口も増えていかないし、社会保障も増大する。税金もどんどん高くなる。

②僕らには社会的な蓄積がある
新興国と違って、日本は先進国だ。決定的に違うのは、社会資本の蓄積だ。
安全であり、道路は整備され、通信網は整理され、国土は美しく、医療水準も高く、飯はうまく、長寿である。
実にすばらしい日本を先代は構築してきたのだ。
これを活用しない手はない。
成長経済から、過去の資本の蓄積を最大限に活用して、資産で食べていくという構図に変えることが大事である。池田信夫氏がTPPの議論のなかで指摘した「日本は、新興国型から、英国のように過去の資本の上がりによって食っていく国に形を変えるべきだと」というのは慧眼であろう。
円が高く、資本が豊かなうちに、アジアに直接投資し、彼らの安い労働力を活用し、利潤を日本に還流させて、食べていく。

③ネットにより、幸せが増大した。
ネットにより、お金をかけなくても楽しむことができるコンテンツが莫大な量になった。
ツイッターで、議論を戦わせば、いろいろな人とつながりることができ、知的な興奮も得ることができる。
かつてないほど、精神的な豊かさは満たされるようになってきたのだ。
また、シェアノ概念の発達もこれを加速させるだろう。
シェアハウスや、自分の家を宿泊施設として旅人に提供するairbnbなどのサービスによって、あまりお金をかけなくても、世界を旅することができるようになった。
ネットにより、お金ではない幸せが信じられないほど増えているのだ。

④相対的にみると金持ちだ。
中国人の所得は、いま急成長しているといっても、平均年収66万円
日本が厳しいといっても、民間企業のサラリーマンの年収平均は430万円
つまり、6倍以上の差があるのである。
日本でためたお金をもって、アジアにいって暮らしたら、豪華な暮らしができる。
リタイアメントビザをとって、マレーシアやフィリピンで引退生活するというのも流行っている。
年金にちょっとプラスすれば、十分な引退生活ができるほど、豊かなものを作ってきたのだ

<生き方の転換>
成長を目指し、沢山稼ぐという目標 → 過去の蓄積を最大限生かして、楽に暮らすという目標

という方向への転換である。
どうせ、経済は伸びない、税金も高い。
伸びない経済のなかで、死ぬほど頑張って、年収1800万円を稼いでも、50%が税金でもっていかれてしまう。それじゃあんまりだ。今後も税金は増える一方だ。

所得を伸ばす方向性に関する限界利益が極度に減っているので(停滞と重税により)、所得の伸びを期待して自分の労働資本を追加投入するよりも、所得はそこそこに抑えて、働かない時間を増やしたほうが全体としての自分の時間の効率はよくなる。


要するに、もっと楽しろ、サボれってことだ。

一所懸命稼ぐのやめちゃえ。そんなに稼がなくても、いままでの社会資本の蓄積と、ネットの楽しみによって、普通にくらすぶんには楽しく過ごせるよ、というのが、今後の日本の生き方の模範になる。


なに?それって?
休暇が2ヶ月あって、毎日シエスタOKで楽しくいきてるヨーロッパのようではないか?
失業率20%でも、デフォルト寸前でも、仕事してないし、なんとなく楽しそう。

そう、僕らも、ヨーロッパのような生活をする時がきたのだ。
もう、死ぬほど頑張って稼がなくてもいい。
(頑張っても税金高いし、経済は伸びないし)、そこそこ仕事して、むしろ休みを沢山とって、過去の蓄積にありがとうをいって、ゆっくりと衰退するなかで、幸せにくらそうではないか。

夏休みは3ヶ月。
仕事は、週3日。
残業なし。
まあ、所得は年収250万でもいいじゃないか。
半年くらいアジアにすんで
うまい中華料理でも食べて。
子供の教育?
もう一流大学にかねかけて受験勉強させる時代じゃない。
大学は定員割れ、全入時代、だれでも入れるようになったのだ。
ゆるーく生きろ。
ニコ動してれば暇も潰れるし、
フェイスブック仲間でBBQしても楽しいし、
自家菜園つくって自分の野菜はそこで調達
おいしいサラダをつくって
朝からカレーでも煮込んで、
それでそこそこ満足。

実際引退した老人がやっている生活とはそんなもの。
日本全体が過去の蓄積をいかして引退した老人のようにゆるく暮らす社会
それが成熟社会である。

そんな時代はいやだ?
そんあことはない。日本がもっとも平和だった300年間、つまり江戸時代とは、そういう時代だったのだ。江戸時代再び、である。江戸時代のように、宵越しのカネをもたなくても(カネがなくても)、日がな一日博打を打って、酒のんで暮らしても平和な時代を目指すほうがよい。

もちろん、それでは我慢ならぬ志の高い人もいる。世の中を前に進めなくては気持ちが抑え切れないひともいるだろう。かつての鎖国の時代では外国にも出れず辛かったかもしれないが、いまでは自由に国境を移動できる。日本がいやなら、アジアの成長国で一山あてればいい。そういうオプションも残っている。

僕らはどうやって、楽しく衰退するか。
ギリシャやスペインといった国のように自堕落で、どうしょうもない生活をすることを目標に舵取りしたほうがいい。
社会システムもいろいろと修正が必要だろう。そして、ゆるく生きることを許す時代に。
そうしないと、衰退にしたがって、息がつまってしまうだろう。

いまの若者は向上心がないとかゆとりだと言われているが、そうではない。
時代は転換しているのだ。
いまの若者はもうすでに「ヨーロッパ化」しているのだ。


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社員も仕事を掛け持ちする時代

わたし、小説家になるから、会社やめます。

こういう人がいたら、皆どう考えるだろうか。多くの場合は、必死で思いとどまらせるに違いない。
夢を追いたいので会社を辞めるというひとに対して、世間は決して暖かくない。

夢を追うこと自体は悪くはないが、要するに翻訳してしまえば、

「そんなもんで食えるはずないだろう、頭を冷やせ」

ということである。



小説家を目指して実際に小説家で食べられるひとは数千人に一人かもしれない。そんなリスクをとることが果たしていいのだろうか?

しかし、ここでよく考えてみて欲しい。
なぜ、小説家になるのに、会社をやめなくてはいけないのだろうか?どうして、会社で働きながら小説家の仕事も両立できないのだろうか。なぜできないのかについて良く考えてみる必要があるとおもう。


これは、昔から2足のわらじを履くと表現されていたことだが、余り良い意味ではつかわれてこなかった。


多くの会社は、週に5日みっちり働くことが当たり前になっている。
おまけに殆どの会社は、副業・兼業を禁止している。

会社で働くか、小説を書くか、どちから一方だけを選択することを迫っているのだ。
そして、どちらか一本で勝負することがよしとされ、どこかで「会社を辞める決断」をするということになる。このような、どちらか一本に絞る仕事のやりかたは、変化が激しすぎる時代において、リスクを増大させる。

例えば、週3日は会社ではたらき、週2日は小説家として活躍する。そういうポートフォリオを組めば、なにも人生最大の決断をもって思いきらなくてもいい。
これからの時代、2足のわらじを堂々と履く働き方があってもいいと思う。

現在僕の会社では、実際にこういう働きかたをしている社員がいる。社員でありながら週3日で働き、残りは全く別の仕事で収入を得ている。ベースの給与は3/5になるだけで、フルタイム換算の給与水準は変わらない。そして、成果部分を大きくして、週3日の労働で、5日分の成果なり売上をだしたならば、その分は払う。労働生産性を自分で上げることができれば、豊かになれる仕組みを採用している。そして、残りの2日間は、学校で教えたり、教育事業をしたり、別の仕事で別の展開をしている。

ハイブリッド型社員制度というふうに僕は言っている。単なる時短ではなく、ワークシェアではなく、2つの会社の社員を掛け持ちして、彼は、合計では週5日働いているのだ。

これは、会社の経営者にとっても良いことだ。私のところのような小規模の企業では、不況の影響をもろに食らうと、たいへん厳しい。
週5日分の給与を保証してくれといわれたら、それだけ期待も高くなるし、不況の影響で売上やパフォーマンスが下がったら、解雇せざる得ないことも出てくる。ならば最初から3日で契約しましょうというのもお互いにとってメリットがある。会社はリスクを少なくできるし、社員にとってもそうだ。

仕事の掛け持ちはネガティブにしか捉えられていなかったが、
今後の不安定な世界では、掛け持ちのプロフェッショナルな仕事をポートフォリオで組むことが、ひとつのリスクヘッジになるだろう。一つの仕事がダメになっても、収入がまったくゼロになってしまうことはないのだから。それに、何しろ、楽しい。一つのことに縛られず、気分の転換になる。

もちろんフルタイムで一つの仕事に打ち込むことのほうが効率はよい。そちらのほうが早く成長するだろう。だが、その仕事が時代遅れになったり、不況の波を被ったりした場合全部が陳腐化する可能性がある。

投資の言葉で、「すべて卵をひとつの盆にもるな」というのがあるが、仕事についてもそれがかんがえられないだろうか?
幾つかの仕事を掛け持ちし、ポートフォリオで考える。

僕の場合はどうかというと、主なところで2つの仕事をかけもっている。
一つは、自分の会社の経営。もう一つは、作家活動をしている。
それに加えて、現在もう一つの会社の役員を初めて、また別のビジネスも考えている。
あるビジネスのアイデアが、他のビジネスにヒントを与えたりして、思わぬシナジー効果が発揮できるということもある。それに、時間が足りなくなるので、その結果、自己改革を迫ることになり、生産性や効率を上げようと工夫することになり、実際に生産性は上がっている。

経営者はいろいろと掛け持ちしていることが多し、それは多才といわれて褒められることだ。
しかし、これが社員となるとそうならない。
僕は、社員も仕事を掛け持ちする時代だと思う。

もちろん、会社が全部を面倒をみるような依存性の高い形で掛け持ち社員は難しい。
ただ、いまフリーエージェント化や、個人として活躍する人をあつめて都度プロジェクトチームを形成して仕事にあたるような形態も、すこしながら実際に立ち上がってきている。
そのような中に、新しい働きかたがあるのだと思う。

起業や会社を作るということではなく、個人として、ハイブリッドに複数の仕事を持った社員。
この形態はノマドと親和性が高い。そして閉塞感のない、わくわくした働き方を実現出来る予感がある。

新しい可能性を僕はそこに見ている。
僕は、2足のわらじを堂々と履ける世の中を目指したい。


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