自由が欲しければノマドになってはいけない

ノマド=自由

というイメージが強い。

ノマドとは、組織にとらわれず、自由な時間に、自由に働く人ということで捉えられているとおもう。

その代表が、フリーランスだ。
だから、ノマド=フリーランスという定義になりつつある。

だがあえて警告すると、自由が欲しければ、フリーランスは最悪だ。



先日も、以前のフリーターブームの渦中をしる作家さんの話をきいたのだが、フリーターの馴れの果ては悲惨である。
当時はまだバブルにうかれていて、フリーターとして、バイトをやって食っていてもなんとかなったが、バブルが崩壊した跡のフリーターは、見るも無残だった。

だから、当時を知る人からは、ノマド論は、フリーター論のブームの再来にすぎない、こういう議論は繰り返されると指摘する。

フリーランスは、実のところ不安定である。

芸術家や建築家、一部のデザイナーや、作家、コンサルタントなどの、本当にそのひとのオリジナルの仕事をしている人は除いて、ほとんどのフリーランスは、たんなる外注の請負にすぎない。
企業からみれば、いつでも切れる便利な人々で、供給も沢山あるから、気に入らなくなったら、別の人に変えられる。たしかに品質の差は大きいので、一定のひとと長く付き合ったほうが良いが、だからといって、基本的には企業間取引と一緒だから、価格が降り合わなくなったり、別の良い業者が現れたらすぐに変えられてしまう。

つまり、身分が会社員からフリーランスに変わると、正社員から、派遣社員なるレベルではなく、派遣社員よりもひどい、委託業者ということになるのだ。


とりわけ、そのノマドが、他のフリーランスとさほど差別化のきかないような下請けの仕事をしているならば、どんどんと安くなる委託料で、不安定な契約で行うことになる。

そして、いずれ、インドや中国などに取って代わることになる。
日本の場合まだ日本語という原語の壁があるが、英語圏は悲惨だ。

たとえば税理士の仕事やフィナンシャルプランニングなんかは、フリーランス的ではあるが、ほとんどインドにアウトソースされている。
デザインの領域も危ない。iPhoneのデザインをつくるといった特殊な領域は別として、普通にウェブを作るとかポスターをつくるとかいった領域は、どんんどん安い方にながれていく。

なかには、すごい特殊な才能があり、絵が一枚1億円でうれるといったように、自分の単価をあげられるひともいるだろうが、たいがいの場合は、平均的な単価をちょっと上回るのがせいぜいだ。

ノマドになる目的が、自由を得るということ、本当の自由を得るためには、むしろフリーランスは最悪の選択肢だ。自由を得るためには、フリーランスという手段は間違っている。

自由を得るには、自分がフリーランスになってはいけない。
安いフリーランスをつかって、自分で商売の元締めにならねばならない。
フリーランスで仕事をするのではなく、自分の事業を起こすことが、一番の近道だ。

フリーランスと、社員一人(自分だけ)の事業をやっている事業家は、似ているようで違う。
前者は、不安定な請負業者だが、後者は資本の力を利用できる資本家だからだ。


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