最近の年賀状は、年賀状というよりDMであり、元旦におくりつけてくるDMだろう。年賀状という体裁で送れば開封率は高まる。

年賀状はやめて10年ほどになる。

そもそも外国に住んでいるし、郵便事情が悪すぎるので、たとえ郵便物をおくったとしても届かない(2回実験したことがあるが届かなかった)。要するに国営の郵便網は機能しておらず、Fedexでおくらないと相手には届かない。

ということで私にとっては、今となっては年賀状は受け取りすらできないのだが、それでも、正月明けに日本にもどって、実家に立ち寄ると、まだ年賀状が届いていることがある。

とはいえ、さすがに最近の年賀状はまともなものは少ない。最近の年賀状は、年賀状というよりDMであり、元旦におくりつけてくるDMだろう。DMの開封率や閲覧率というのは相当に下がっているとおもうのだが、年賀状という体裁で送れば開封率は高まる。お年玉キャンペーンということだ。

もはや年賀状というのは企業のDMになってしまっているのではないだろうか。すくなくとも私のところには企業DMしかとどかない。

あとは、どうしても年賀状を送る人は、子供の顔を配りたいひとだろう。DM以外の年賀状のほとんどが、子供の写真だ。0歳児なので、親に似ているとかそういうのはわからない。

というわけで、年賀状を廃してからは、メールで新年のご挨拶を送っていた。しかし、それも最近はめんどうくさいので、5年ほどまえから廃止。

年賀状でしか付き合いのない友人なんて意味が無いというのが定番の主張だ。

私は、年賀状でしか付き合いのない友人どころか、メールをいろいろやり取りしていたり、良くあっていた友人も興味がうせると疎遠になるので、年賀状どころではない。年賀状をどうしたところで、それ以前を防がないと意味が無い。

友人知人を全部維持するのは無理なので、そのとき必要な人とだけ付き合えばいいだろう。20年ぶりの知人も、必要なときがあれば連絡するだろうし、それで十分だ。

 

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