休日の住宅地で騒音をまき散らす選挙カー、法律の制限ではなくモラルの問題では無いのか?

選挙カーの件で、いくつかツイートしていたら、「名前の連呼しかできないのは法律のせいである」「法律なんだからうるさくても我慢しろ」という反論が来た。全くピント外れの話なのでもう一度整理したい。

たとえば、このyahooの記事などでも同様の論理で誤解をしている。たしかに、選挙カーが名前の連呼しか出来ないのは法律の規制のせいだ。

理由は公職選挙法にある。走行中の選挙カーで演説などの選挙運動をすることは原則禁止されているが、例外として連呼は認められている。1964年、ポスター掲示などをめぐる規制が強化されたのと同時に決まった。

ただ、これと騒音としてうるさいというのは別の話だろう。連呼しか出来ないから、休日の朝から夜遅くまで騒音をまき散らしていいのだろうか。

連呼しかできない法律と、うるさいことは別問題だ。

休日の朝早くから、住宅地の奥地に入り込んで、耳をつんざくように拡声するのは、誰もが迷惑であることはわかると思う。法律以前の問題だし、法律が連呼しか認めてなくても、これが、どの住民にとっても迷惑であることは、誰もがわかると思う。常識の問題だ。

なぜ、こういうモラルが守れないのか。法律で保証された権利だからいいのか。迷惑だろうと選挙期間中だけだから、やっちまえなのか。みんながやっているから、いいだろうなのか。

選挙カーが大通りを走り、元から騒音があるなから拡声するには、それは許容範囲だろう。しかし、休日の住宅地の奥に入り込んで、朝から拡声するのは非常識なのは誰だってわかるだろう。

私は、選挙カーがくるたびに、逐一、住宅地だから静かにしてほしいと要望を伝えている。しかし、中にはひどい対応の候補もいる。注意を無視したうえに、また戻ってきて拡声し、また注意したら、選挙期間中だけ我慢しろと堂々と言ってのけた陣営は、社会常識が完全に欠落している。

選挙カーで拡声しないと落ちるかもれいないから、迷惑でもやれることはやりたい。候補者の心理はそういうものだそうだ。だから何なんだ!だったら迷惑行為が正当化されるのか。そんな論理が通用したらなんだって出来るじゃないか。

法律とか関係ないことは、普通の人なら分かるよね。法律がどうのとか、候補者の心理がとかいってるのはたちの悪い言い訳に過ぎない。

もう一度いうが、幹線道路での拡声は、選挙手段が限られるなかでの行為として、いたしかたないだろう。ただ、住宅地の奥深くに入り込んでの拡声は、迷惑なだけで、常識にかける。休日につかれていて、安眠が欲しい私は、それを辞めてほしいとお願いしているのだ。

もしなにか反論があったら教えて欲しい。

 

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