「食料危機をあおってはいけない」に煽られた

「食糧危機」をあおってはいけない (Bunshun Paperbacks)「食糧危機」をあおってはいけない (Bunshun Paperbacks)
著者:川島 博之
販売元:文藝春秋
発売日:2009-03-26
おすすめ度:4.0
クチコミを見る


食料問題に関心があったので読んでみた。
目からウロコの本である。

結論からすると、食料問題などという議論が存在するのは日本だけである。ばかばかしい。
日本以外の国でいう食料問題とは、
・サハラ以南のアフリカにおける食料不足*のことか、
・自国の貧しい農民への補助金の政策的問題か、
・食料が取れすぎて価格が暴落するので、どの国に買ってもらうかという押し付け問題
のことである。



決して、食料が足りなくなるなどという認識はない。
食料は、いまでも大量に余っている。

食料は手塩をかけて育てる貴重なものという感覚があったが、私の中でそのパラダイムがかわった。オーストラリアの広大な農地では、飛行機で適当に種をばらまいて、あとは自然の雨がふって収穫時期がくるのをまつだけ。
雑草は何もしないでも勝手に生える。
植物というのはそんなもんなのだ。
なので、放っておいても毎年大量の小麦がとれてしまうのだ。
とりわけ穀物はどんな環境でも勝手にそだつ。だから食料として適しているわけだ。イチゴとは違う。

食糧は、足りないのではなく、むしろ、取れすぎる食料をどのように価格を維持して、かつ他国に売りさばくかということである。

中国のスーパーマーケットに行くと、米が500gで1.8元=23.4円で売っている。中国では米はタダみたいなもんだ。だから中国では大量にコメを炊いて食い散らかして、大量に捨てている。でも安からどうでもいい。

日本では、5kgで2000円くらい。同じ量の米が、中国では、234円だ。ようするに日本の米は8.5倍もするのだ。

米の関税率はなんと、778%だ。これに輸入原価100%を加えると、878%。つまり8.7倍。つじつまがあう。

米と言うのは凄まじく安くて大量に採れる作物で、世界中でありあまっているのである。米が食えなくなるというのは神話である。

一日500gの米をくって、365日、米だけ食うとする。すると約180kg。中国なりベトナムなりフィリピンから輸入すれば、年間のコメ代はわずかに、8424円で済む。べらぼうに安いのである。

8000円を払えない日本人は誰ひとりとして存在しない。
もしコメの価格があがって、仮にべらぼうに高くなって5倍になったとしよう。それでも年間のコメ代は4万円ですむ。
4万円が払えない日本人もこれも誰ひとりとして存在しないだろう。
(誤解なきようにもう一度、いまのコメ代に加えて4万円ではなく、年間の主食の食費が4万円ですむということ)

じゃ、こんなに安いコメも買えないくにがあるかというと、
北朝鮮のウォンでコメをうってくれる国はない。北朝鮮は、キノコなりを輸出した代金のドルで、コメを買っているわけだ。だから買えるコメの量が限られ、末端までまわてtこない。

幸い日本は大量に外貨を稼げる。円を受け取ってくれる国もある。自国通貨で物が買える場合もある。

外貨があれば食料はいくらでも手に入る。国際的にいうと食料はとても安いのだ。日本人は高い国産のコメをかわされているだけなのだ。

これだけ経済力のある日本が食料を買う金がなくなるなんてことは絶対にない。安心していい。

*アフリカでは、まだあまり化学肥料をつかっていないので、科学肥料を使えば収穫量が何倍にもなる可能性がある。生産性は伸びるのだ。

しかし、それをしてないのは、むしろ、豊作貧乏になる危険があるからだ。農村には輸送のための道路や港湾がないので、大量にとれても、他地域や他国に売るということができない。
とれた作物はそれこそ「自家消費」しないといけない。すると価格が暴落して、みんな貧乏になる。いくら貧しい生活をしていても、去年よりパンを2倍もたべるようになるかというとそうではない。そういう経済の問題のほうが大きい。

昔の日本でもロジスティクスが発達していなかったからそういう問題がおきた。 アフリカ以外の国ではロジスティクスは十分発達している。世界のどこかの地域が不作でも、すぐに他の地域から食料が運ばれてくる。

【ノマド研究所5期会員募集のお知らせ】人生は短いです。あーやりたい事があるのに、何か思い切って一歩を踏み出せない自分にいらいらする、もっと自由に生き見たいのに。ノマド研は、ノマド的な生き方を志向するひと、ノマド的な生き方を実践するひとのネットワークです。400名以上の価値観のちかいメンバーと一緒に語らいましょう。⇒ご案内