オープンな日本式の経営は可能か?

クローズなプロトコルは、オープンプロトコルに今のところ勝てていない。ネットワーク外部性が働くからだ。

資本主義というのは本質的に境界がなくグローバルなものだ。近年のネットのビジネスではそのことがよりはっきりしている。
そういう中で、アマゾンやアップルなどのグローバル資本が強いのは、資本主義の原理に徹底して従っているからである。

彼らが、世界中から物と人とアイデアと資本を調達し、成長できているのには、オープン性がある。

もちろんグローバル企業のやり方のほとんどは米国式の延長にすぎないが、米国式はもともと人種も価値観も違う移民のかたまりが共同して仕事をするために考えられたローコンテクストの企業統治の方法で、プロトコルである。

これはグローバル化と非常に親和性がある。

ローコンテクストなので、標準を学ぶのにそれほど時間もかからないし、標準をまもれば、多くのひとが参入が可能だ。もちろんそれは英語だったりと米国由来のものだが、それをいまさら非難してもしかたない。TCP/IPが米国の軍事ネットワークのプロトコルだったからといって、標準といっても米国の押し売りだというようなもので、これでは完全にネトウヨになってしまう。

結局、ネットの例でもわかるように、いかに標準を取るかというのがグローバル化の世界では大事である。それは誰もがわかっているが、オープンにすることは難しい。
オープンにすることは、多くの参入を呼び、その中で競争させ、優秀なものだけを残すという仕組みだが、元々の組織の構成員を優遇する日本企業とは相容れない。

グローバル企業に対して、反動が強いのはいたしかたない。日本型経営や、日本式の経営で、グローバル企業に伍して出ようという気持ちは理解できる。
ただ、その時、日本人・新卒採用・日本のプロトコルを生来に持った人だけの集団が母体では、世界中からオープンなプロトコルで人材とアイデアと資本をあつめるグローバル企業には(ごくニッチな分野を除き)勝てないだろう。

日本企業は、ごく日本的なカルチャーと集団の強みをいかして、すり合わせ技がのこるニッチな分野でno1をたくさん築けば勝てるだろうが、それと、アマゾンやGoogleのようなスタンダードをとる企業を作れるかというのではまた違う話だ。

もし日本式の経営や、日本のやり方、が今後も生きのこり、AmazonやAppleのような標準をとっていくことを考えるなら、オープンにならざるえない。

つまり、オープンな日本式の経営、オープンプロトコルな日本的な仕事のやり方というのが出来るかどうかだろう。つまり、日本人による経営ではなく、日本式のグローバル・スタンダードは成り立つのか?という問いだ。

日本の仕事のやりかた、優れた点というのが本当に米国式より優秀ならば、オープンなやり方でも達成できるはずだ。

もし、それが出来ないとすれば、結局日本式というのは、日本人という特殊な文化集団だけで成り立つ優位性だということだ。そして日本人は少子化でどんどん減っている。

そして、シリコンバレーのハイテク企業で仕事をするひとの64%は外国生まれの移民一世だ。

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