確かに生きる 野口健の生き方


アルピニスト野口健のエッセイ本。
山登りの手記というより、生い立ちや、父と母のこと、落ちこぼれから這い上がったこと、橋本龍太郎氏との出会いといったことがいろいろ書かれている。
印象にのこったのが、野口氏の大学受験のエピソードだ。野口氏は本当に成績がわるかったらしい。野口氏は一芸一能入試で亜細亜大学に入学するのだが、その面接がすごかったようだ。
一芸一能入試では、けん玉日本一や、和太鼓などいろいろ分野のトップのひとがあつまってきてアピールする。そんななか、野口氏は当時キリマンジャロとモンブランに登ったくらいで、登山といってもたいしたことがない。なにも一番のものなど持ってなかったのだ。
しかし、入試で他の受験生の発表を聞きながら自分の順番をまっていると、野口氏は気づく。他の人は自己PRとして日本一になったとか、怪我をしても頑張ったとかたしかに素晴らしいことをいっているが、ひとつだけ抜けていることに気づく。皆、過去の実績ばかりアピールしていて、大学にはいったら何をするかという公約がないのだ。
教授は最初はすごいねときいていたが、途中から飽きている。
そこで野口氏は、急遽作戦を変更し、紙とペンをとりだし、そこに年号を書きながら、1992年亜細亜大学入学・・・93年マッキンリー登頂・・・96年エベレスト世界最年少記録・・・とプランを説明しはじめたのだ。
「僕の過去に実績はありません。過去はありませんが、もし僕が亜細亜大学に入学できましたら、七大陸最高峰に登頂します。先の可能性にかけてください。僕が挫折したら責任をとって大学を中退します」
教授たちの意見は、別れたそうだ。あいつはヤルに違いないと、あいつはペテンだ。結局、あいつはヤルにちがいないという方に教授たちはかけた。そしてその賭けは大当たりしたのだ。
一芸一能入試で入学したNo1たちがいま何をしているのかしらないが、入学時になにも実績のなかった野口氏は今では亜細亜大学で教えている。
日本の大学は入るのが困難、でるのは楽といわれる。日本人は、大学入試の時に人生の絶頂を迎えてしまうのか。就職活動もしかり。商社などの人気就職先に入ることが目的で、入った瞬間が人生のピークだということもありえなくもない。入った後何をするのか、人生何をするのか、そちらのほうがよっぽど大事だ。当たり前のことを思い返させてくれるエピソードだ。
野口氏の生き方は、なんというか、豪快、まっすぐで、そのストレートさに心を打たれる。野口氏がこれだけ多くの人に愛される訳がわかった。
野口氏より困難な登山をする人は何人もいるし、野口氏の最年少登頂記録をやぶった日本人もいるが、野口氏は自分の活動を通して伝えたいものがぶれない。だからこれからも人々の心を掴みつづけるだろう。
お勧め ★★★★

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