「どこに所属するか?」がカッコイイ時代の終わり

今朝、松井さんが秀逸なツイートをしていた。

「社畜」という言葉に含まれるその侮蔑的な響きは、労働時間の長さよりも、自らの価値観を会社という組織に委ねていることのカッコ悪さを揶揄してるんじゃないかな?

— 松井博 (@Matsuhiro) October 28, 2013

 

実に的確な言葉で表現しているとおもう。

いままでは、「どこに所属するか?」がカッコイイ時代だった。
これからは「あなたが何ができるか?」がカッコイイ時代になっている。

東大を出ています。一部上場企業に務めています。田園調布に住んでいますという自慢。

これは完全に、個人というより、その背景にある会社のブランドだったり、安定性だったり、そこから得られる年収であったり。

これは婚活でも一緒で、「年収700万以上、安定した企業づとめ、できたら公務員云々」の人がいいというのは、人物ではなく、キャッシュマシーンとしてのスペックの指定である。そして、公務員の男性が仕事をやめてプロブロガーになりたいといったら、婚活市場では見向きもされなくなるだろう。

そして、小町あたりでくりかえされるこういう言動は嘲笑の対象にもなっているとおもう。

社畜だとか、スペック厨とか。

 常々私も、同じことをくりかえしいってきた。

「どこに所属するかが問われる時代から、あなた個人が何を成し遂げたかが問われる時代に」と。

これはフリーランスとかの話だけではない。転職においてもそうだ。

IT業界などは会社の移り変わりがはげしい。かつていた会社がすでになくなっているか凋落していることもある。ライブドアしかり、あれでいうと、コンパックとか、アーサー・アンダーセンとか。

でも、所属を問われる発想だったら、倒産した企業の名前を経歴書に書くことはむずかしい。しかし、そこで何をやったを問うのであれば、在籍時に実績をあげれば、その後会社がどうなろうとあまり関係ない。

結局自分の実績なり売っていくことのほうが大事なのだ。

自戒を込めて。

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