「極端な一般化」と「極端な個別事例」よくあるネットの的ハズレコメントの2つのタイプ。

しかし、ネットのコメントというのは本当にしょうもないものがおおくて、イライラさせられるのだが、最近は華麗にスルーできるようになってきた。というのも、反論のパターンが見えてきて、それがたいがいは次の2つだからだ。パターン化してしまえば、ああまたそれか・・ということでスルーできる。

そのコメントのパターンを分析してみよう。といっても、たった2つに集約できる。

例えば、こういう記事をかいたとする

「京都の豆腐はすばらしい。水が良いのでよい豆腐ができて、真っ白でプリプリした豆腐を、湯豆腐なぞにすると、とにかくすばらしい。豆腐懐石でたべた豆腐は最高だった。みんな行けよ!」

本当にたんに京都で豆腐をくっておいしかったという記事だ。しかし、これにこういう反論をしてしまうのが、ネットのコメント欄だ。

①平等論法

ネットで一番多いのがこの論法だ。これは、筆者にたいする妬み満開の論法だ。自分ができないのを他人を憑依させて、こう言っているのか。

それとも、すべてのひとが平等にできないことはやってはいけないという共産原理主義者も真っ赤の主張をしているのか。

すべての○○が~○○できるわけではない。

「すべての人が豆腐を美味しくたべられるわけではない(ので意味が無い)」「すべてのひとが京都旅行をして懐石料理店に入れるほど懐があるわけではない(ので一般的ではない)」「豆腐が食べられないアレルギーのひともいる(ので筆者の話は一般化できない)」

②極端な例外指摘

次に多いのが、例外をしてきするものだ

すべてが○○ではなく、○○も存在する。

「胡麻豆腐もあってそれもおいしい」「京都でなくても美味しい湯豆腐がたべられるところがある」「京都にも湯豆腐のまずい店がある」

これは文脈を無視して、単語や一部分に反応して、その部分に噛み付くタイプの典型パターンだ。

ブラック・スワンという話がありました。白鳥はすべて白いものとおもわれていたのですが、黒い白鳥がみつかったのです。そして、1000年に一度の地震など、めったにないものの、起こると破滅的になるリスク(テールリスク)のことを、ブラックスワンと表現したのでした。

 このブラックスワンの一部分だけを知識としてしいれて、とにかく例外を指摘すればよいという知恵が働いているのかもしれません。

①②に共通するのは、文脈をむしして一部分に噛み付くことである。前者はかみつきかたが「極端な一般化」で、後者は、「極端な個別事例」である。

とにかくネットの変なコメントは上記の範囲に大概は収まる。

これを応用すると、事前に変なコメントの例が予想できる。たとえば、インドネシア就職の話をしてみよう

「インドネシアの商社に転職した吉本さんは生き生きと働いている。日本で将来がみえなければ思い切って環境を変えてみるのもよいのではないか」

これにたいする反応を、予想してみると、こんなかんじになります。

①平等論法(一般化での反論)

「すべての社会人が海外ではたらけるわけではない。海外で働ける人はスキルをもった特殊な人」

②例外指摘

「海外就職しなくても、日本でもいきいきと働いている人もいる」「インドネシアにいって結局帰ってきた人もいる」

といった具合です。まあ埒が明きません。

ただ、大概の反論はこの2つの枠に当てはまるので、とにかくスルーです。

 

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