とある新聞の社説を読んだけどあまりに酷くて、もはやイケハヤ氏のブログと同じレベルだった件

今日は久しぶりに新聞を読んだのだが、ぶっ飛んだ。東京新聞を読んだのがわるかったのだが・・・

TOEFLの大学入試導入に反対の社説があった。

「英語で伝える中身こそ」というタイトルで、「一律にTOEFLを課すのは英語学習にばかり振り回されて本来の夢や志を諦めたり、才能を伸ばす機会を奪われたりする」らしい。

おいおい・・

さらに、

「日本人にとっては、母語である日本語こそが知性と感性の土台だ。斬新な発想も、先駆的な知識や技術も、母語から生み出される。身につけた英語で受発信する中身が大切なのだ」

もう矛盾しまくっているのだが・・ 母語が大事というなら幼児教育レベルの話だし、大学入試での英語はあくまで外国語としての英語でしょう・・・

そして先駆的な知識や技術は、つねに日本は外国から学んできたわけで・・(近年は英語のままではなく、翻訳家が翻訳してくれますが・・・)

「すし、着物、柔道、漫画、改善、カラオケ、もったいない・・。そのまま英単語になった言葉は多い。空っぽの英語より、実りのある日本語のほうが世界に通用する」

話しがずれまくっていてすごいと思う。

まあ、ようはこんな調子なので逐一反論してもしかたがいないが、

・結論と論拠があってない
・本論と関係ない話がたくさん入っている
(挙句の果てに)・論点ずらし
・しかし、結論部分は情緒的には共感できる部分もある

これは、悪文というか、支離滅裂の煽り文章のよいサンプルだ。
さいきん話題のイケダハヤト氏の文章にそっくりだとおもう。内容の賛否以前に、そもそもの論理構造が破綻してしまっているので、議論にすらすることができない。それでいて、実にそれっぽい情緒的な主張を論点がずれて、たまに関係ない話を持ち出し、最後は話をすり替えて展開する。

そして、主張の部分は共感できるフレーズをつかっているので、いやらしい。論理的でない読者は、その部分は共感できるので、論理をふっ飛ばして、それが正しいことだと思いこむ。だれもが共感できそうな主張を、関係ない論拠や事象と強引に組み合わせてあたかも正当であるように書く。
こういう文章は、本来、「詭弁」と言われる。

社説が文章の見本といわれて、国語教育でも取り入れられたことがあったようだが、社説が論理的な文章を放棄してしまっているので、これで教育をうけたひとはたまったものではない。

社説や天声人語が文章の見本というプロパガンダにはそろそろ間違いと気づくべきだろう。

もちろん記者はわかって書いているのかもしれない。
つまり、主張を論理整然とした構造でわかりやすく書くよりも、こうやって私みたいな人の怒りの琴線にふれ、拡散してくれるという「煽り」の技術のほうが、メディアにとってはもはや大事なのかもしれない。

新聞の社説は、記名にしたうえで、「編集委員の気まぐれコラム」にするべきだ。そちらのほうが正しい事情を反映しているだろう。

同様に、報道ステーションも、報道とつけるのは間違いだ。あれは夜にやっているワイドショーなのだから、「ワイドステーション」にして、視聴者があれを報道番組だと勘違いしないようにしたほうがよい。

原文全文がウェブにあったので、リンクしておきます

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