解説 – 評価経済社会における、評価通貨とはなにか?

・評価経済では、評価が貨幣のように流通する
・貨幣経済は終焉し、評価経済がとってかわる

といたオカルトのような話をちらほら聞く。

これについて、岡田氏のインタビューをよく読むと、
評価通貨は個人通貨でまた別。個人が自分で無限に発行できる通貨。だが、その裏付けが必要。例えば1時間岡田円を1万円で発行したとする。それは僕の信用によって成り立つ。そういう個人で通貨を発行するのは、これまでできなかった。でもハイパー情報社会では、それら全てをクラウドのコンピューターがやってくれる。個人通貨は、昔でいう「ツケ」。ツケが利く人は、評価資本を持っている人。ツケでモノを買うと、僕のツケを誰かが別のところで使える。つまり、ツケが流通する。」
と言っているので、「評価が通貨のように流通する」というのは、個人発行の通貨が、円やドルとならんでポピュラーになる世界のことを指しているようだ。

個人発行の通貨というのは、要するに、自分の労働を担保にした、借金のようなものである。
たとえば岡田氏は、政府や会社といったものに頼ることなる自分の信用力を担保に、独自の貨幣を発行することができる。これが個人マネーだ。
1時間の労働を1イサカアワーとして流通させた地域通貨の例があったが、あれに近い発想だろう。

1岡田円を、1OKYと略して書く。

1OKYを手にするというのは、岡田氏が1OKYを持っている人に対して何か1時間の労働を提供しますよという債務履行の保証書のようなものだ。逆の言い方をすれば、1OKDを持っているひとは、岡田氏に公然と1時間の労働を要求できる権利がある。権利証書である。

岡田氏は、自分の将来の労働の約束を担保にOKYを発行し、OKYと、現実の何かを交換することができる。たとえば誰かが、1OKYと、自分が持っているiPhoneを交換したらなば、岡田氏は、iPhoneを手に入れることができる。

ただの何でもない人の1時間の労働を将来約束するといっても、反故にされる可能性があるが、社会的信用の高い人=評価が蓄積されているひとは、その労働の履行可能性が高い。つまり、それを担保として、個人貨幣を発行することができるといえる。

OKYは、第三者への支払いにも使える。OKDを岡田氏から受け取ったひとは、そのOKDがほしい第三者にOKDに貨幣のようにうけわたし、かわりに第三者からOKD相当の何かをうけとることが可能だ。
第三者がOKDを手にした場合、その第三者が岡田氏に労働を請求できる。岡田氏はその第三者に労働を提供する義務がある。

このようにしてOKDは、貨幣と同じく流通する。岡田氏の労働1時間が1OKDという単位の個人通貨となって、流通するのである。

OKDは貯蓄することもできる。
貨幣のもつ、交換、貯蓄ができるので、円や、ドルと同じく、決済などにも利用することができる。

OKDが価値がある理由は、岡田氏が将来1時間の労働をするという信用にかかっている。
岡田氏が、「労働なんてだるいからやめるわ」とか、めんどうだから「1OKD円は、僕の持ってるアニメグッツ1個と交換ね」とか言い出したら、OKDは暴落して、いわゆるデフォルト(債務不履行)となる。岡田氏が死亡してしまった場合もデフォルトが起こる。
「評価通貨を使ったほうが、使い勝手がよくなる。カネを使うのは、評価ないやつが、仕方なく、補助的に使うようになる。」
とあるので、岡田氏は、この個人通貨が主流になる世界を想像しているのだろう。

さて、この仮に、テクノロジーの発達によって、この個人通貨が流通したとして、その未来は岡田氏の言う通りに、すばらしいものであろうか?

次回はその点を検証する。


【ノマド研究所5期会員募集のお知らせ】人生は短いです。あーやりたい事があるのに、何か思い切って一歩を踏み出せない自分にいらいらする、もっと自由に生き見たいのに。ノマド研は、ノマド的な生き方を志向するひと、ノマド的な生き方を実践するひとのネットワークです。400名以上の価値観のちかいメンバーと一緒に語らいましょう。⇒ご案内