ブラック企業と高校野球は驚くほど似ている-虐待システムの本質

高校球児の連投の問題がでているけれども、これこそブラック企業そのものではないかと思う。

ブラック企業は限界まではたらかせて、体を壊したり、精神を病んだり、はたまは自殺してしまったりする。それでも、人は、ブラック企業で働いてしまう。

高校球児も、連投につぐ連投で、肩に故障の種を抱える可能性があってでも、それでも投げてしまう。

どうも同じにおいを感じる。どうしてこうなってしまうのか。

球児が連投につぐ連投をしてしまうのは、いろいろな意見を総合すると、つぎの2つの理由からだ

①「せっかく出場した甲子園で、なんとしても勝ちたい、燃え尽きたい」

②「チームメンバーに申し訳ない」

1の理由は、簡単にいうと、「選択肢がない」「逃げ場がない」ということに集約される。甲子園が高校生にとっての唯一無二の存在で、ほかに選択しがない。すべての球児が甲子園優勝を目標にして、単一のレールを突っ走る。
東大を頂点とする受験、東証一部企業を頂点とする就職戦線、結局日本には、単一のレールばかりが用意され、それにむかって突っ走ることが良しとされる。それ以外の選択肢が目に入らないし、そもそもそれが用意されていないのだ。

そもそも野球は、それなりに実力があるチームで戦えば、どんなに強いチームでも65%(プロの場合)くらいしか勝てない競技で、試合がピッチャーによるところが大きすぎて、勝ち負けのばらつきが大きい競技だ。フットボール(アメフト)のように全勝というわけにはいかない。その競技で、トーナメントを行なって、絶対に勝つことを求めたら、ピッチャーに過大な負担がかかるのはあたりまえだろう。要するに、ピッチャー次第ということなのだ。

これでは、ピッチャーは、逃げ場がなくなってしまうのだ。
「絶対に勝つ」「勝たねばならない」まるで、日本軍のようではないか。

高校野球で勝たなくても、他にいろんな環境があって、球児の生活が満たされれば、そんな精神状態がおきない。ブラック企業と同様で、選択肢がないのである。「せっかく手に入れた正社員。ここを首になったら、どうなるかわからない」という恐怖感が、ブラック労働を逃げ出すことをはばからせる理由だ。欧州なんかでブラック労働が起きにくいのは、いやならすぐヤメればいいし、無職がわるいことと思われてないという背景がある。

②「チームメンバーに申し訳ない」は、これはまさに、空気そのものだ。同調圧力である。

もし、連投投手が、自分の肩の心配をしていても本音を言えず、監督やチームメンバーに気を使って自分を酷使しているとしたら、まさにブラックだ。ブラック企業は、お互いの監視を強め、抜け駆けやサボりができない環境をつくって(ノルマの公開や、社員総出の場での叱咤など)で、圧倒的な同調圧力で、逃げられないようにする。
高校野球のチームが、ブラック企業化しているのだとしたら、こんなに恐ろしいものはない。

高校野球が恐ろしいのは、これらのからくりを理解できない高校生をブラックな環境に陥れているということである。ブラック企業も、からくりを理解できず弱い立場にある就職弱者の学生や、非正規雇用の社員を食い物にする。似ている。

ブラック労働がおきないように、労働法規がある。残業の規制や、時間外賃金などで、労働者は守られる。当たり前の話だ。一方的に雇用主がつよい環境においては、これがなければ、大変なことになるのである。

野球においても一緒だろう。投球制限などのルールは要らないはありえない。一方的に監督がつよいブラック型の組織において、第三者的な客観的に選手(従業員にあたる)を守るルールがなければ、監督(資本家)のやりたい放題になるのは、当たり前だろう。

高校野球を美化とか、青春だとか思っているようでは認識が甘すぎる。ブラック企業そのもの、という認識にたって考えなくてはいけない。

しかも対象となる球児は、18歳未満、かれらは自分で責任をとれないのだから、さらに厳しい規制が適応されなくてはいけない。本人たちがいいと言っているから、それでいい、なんてナイーブな主張は通じないと認識すべきだ。このままでは、単なる少年虐待である。集団コロシアム。

こんな野蛮なことには手を貸したくない。私は誰がなんと言おうが、高校野球は日本のもっとも恥ずべき文化であり、 青少年虐待であると断言する。

 

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