ノマドの指標は年収ではない – クリエイティビティ高まる本当のノマドの豊かさとは

ノマドワーカーたちよ、年収を詐称するのはやめなさい – 常見 陽平

ノマド煽りに応戦するかのように、こちらの記事も別の方向に極端に煽りすぎかと思うので、ちょっと私の意見を2,3言。

基本的には、安易な独立を諌めているものと解釈しているし、僕もその点に関しては賛成である。単に、ノマドのほうが楽そうだという感じの青い鳥症候群で会社をやめると、更に酷いことになる。自由どころか、最悪、低賃金労働で一生はたらくことになる。

ただこの記事タイトルが年収を詐称うんぬんとなっていて、年収を煽りすぎだ。
ノマドになって、年収があがってないというのは、残念ということなのであろう。

ただ、ノマドの場合、単なる独立とは違うだろう。
いわゆる脱サラ的な独立なら、サラリーマン時代より稼がないと、独立した意味が無いと思う。サラリーマンと対立する概念なのだから、彼らの上(年収)をいかなければ、アイデンティティの危機に陥ってしまう。なので、稼げ、ということになる。


ただ、ノマドの場合は、なにも年収目的で独立したわけでもないだろう。
組織や時間、場所からの自由を得たいというために独立という手段を選んだひともいる。

年収を2倍にするより、年収は同じでいいから、好きにできる時間を増やしたい、
こちらのほうが、しっくり来るのではないか。

ノマドは、自由への欲求だとおもう。
年収が2倍になっても、ひたすらスケジュールにおわれ、客先に常駐で、会社員時代よりも神経をつかい、ストレスを倍増させながら、お金のことばっかり考えていては、ぜんぜん幸せではない。
要するに年収ではないということだ。自由が欲しいということだ。

ノマドを目指すとき、年収は指標にならない。
指標とすべきは、どれだけ自由が増えたか?ということだ
たとえば、来週にセブ島で面白いひとが集まるサミットがあるらしいから来てくれっていわれたとき、「あじゃあ行くわ」っていって、出かけていけるか。もうこれに尽きると思う。

僕の場合はどうか?
出かけていける。
いつでも明日でも、すきなときに、すきな事ができる。

このようなスタイルを確立できてからは、アイデアがすごく沢山浮かぶ。
クリエイティビティが高まり、人生がとても豊かになってきている。
これが僕が目指したいノマドの姿だ。

もちろん、そのためにはお金は必要なので稼ぐことは大事だ。
年収100万円ではセブに行くのは難しいだろうし、生活自体に困窮してしまってはそもそも自由はなくなってしまう。ある程度のお金は必要だ。ただそのお金と、自由を犠牲にして必要以上に稼ぎまくるお金は違う。時間を切り売りして年収が2倍になっても、ほどんど意味が無い。
年収を競うレースから降りるためにノマドになったのに、また年収を競っても仕方がない。

僕は、ノマドワーカーという範囲ではとらえていない。フリーランスか組織かといった形態論ではない。ノマドライフスタイルというべき、生き方のスタンスとして捉えている。
ノマドという言葉を、ワークではなく、をもう少し、生き方の選択として捉えてもらえるように、僕は地道にメッセージを発信していきたい。

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ただ、確かに、自由が欲しいだけで、会社をやめても本当の自由は得られないというのは確かだ。社会人1、2年目で会社をやめてすぐノマドしようといっても無理な話。

来る仕事はすべて受けて、クソ忙しくても、実績を創っていく必要なある時期はある。その土台の上に、将来のノマドライフがある。スキルも実績もなくいきなりノマドライフをやろうとしたら、ワープアに転落するのがオチである。

そのような意味で、安易な退職を諌めるというのは僕も同意である。


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