話が通じないひとの特徴:ベースボールと野球はどう違うか?

最近、立て続けに話が通じないひとと話すという苦行をしいられていて、死にそうだ。
嫌なことからも、学びはあるということで、話が通じないひとの特徴がわかったのでメモを書いておく。

話が通じない人は、自分の定義の範囲でしか話すことができない、考えることができない。

たとえば、野球とベースボールの話で考えてみよう。

投手は100球を目処に交代とか、野球とベースボールって結構違うよね」
「いや同じスポーツですよ」


「まあ、基本は一緒なんだろうけど、攻め方とかは、野球はバントを多用するけど、ベースボールはバンドしないとか、投手は100球を目処に交代とかあるでしょ」
「いえ、ベースボールを翻訳したものが野球ですよ。どこが違うんですか?」

「そんなこといったら、細かいルールも違うし、ボールだって違うものをつかってるだろ?それでも一緒か?」
「一緒です。野球とベースボールが違う競技だと考える貴方は馬鹿ですか?」

という具合。

要するに、こういうひとって、
自分の定義 野球もベースボールも同じ野球 というのがもう絶対に頭にこびりついて、それを逸脱する議論はもう受け入れられない。

同じ競技でも、文化や、やり方が違うというスタイルの話をしているのに、「同じ競技」のところだけに引っかかって、その定義がちがうから、そこだけひたすら繰り返す。

要するに、もう完全に用語の問題なのだが、その用語が自分の定義する使い方と違うと、議論ができない。そして最大の問題は、こちらの定義はこうなのだからという用語の説明を丁寧にしてみても、自分の定義での話しか理解できない

「だから、用語の問題でしょう。私は、ベースボールと野球は、そいうことではなく、スタイルとかの話をしているんだけどさ??」
「競技は一緒でしょう?ベースボールも野球も一緒ですよ」

「・・・・・」

これは、原発や宗教のイッテしまっているひとと話すときも同じ感じをうける。
彼らのなかの独自の前提があり、その前提の中でしか議論が成立しない。


そもそも、その前提がおかしかったりすることが問題なのだが、
前提については議論を拒否するので、話が平行線をたどる。


どうしてこういう人が生まれてしまうのだろう。


追記:
はてブにコメントが多いので断っておくが、例えと書いて有るとおり、
こういう話が実際にあったわけではない。論旨のところだけを抜き取った例えである。

まだ理解できないひとに、もっと丁寧に例えをだすけど、
仮に、

野球というゲームの根本が一緒なのはわかります。その上で、同じ野球でも、日米では細部のルールに違いもあるし文化が違うからゲーム運びは違ってくるよね。僕はゲーム運びの違いについて話しているんだけども。」


と説明したところで、こういう人は、

「同じ野球ですから、同じゲームですよ。同じものからは同じものができますよ」

って答えるんだよ。わかる?

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